共著論文発表―妊婦の血液中金属濃度とIgE抗体の関係

 子どもの健康のための環境衛生を考える上で外せない研究に、エコチル調査というものがあります。環境省と国立環境研の統括で行われている「子どもの健康と環境に関する全国調査」です。その成果発表に私も関わる機会をいただいた論文が、先月出版になりました。

 Tsuji M et al. Associations between metal levels in whole blood and IgE concentrations in pregnant women, based on data from the Japan Environment and Children's Study.
 J. Epidemiol., JE20180098 [Full-text] [PubMed] (Published on Jan 12, 2019)

 今回の論文は、小児の健康と環境との関わりを調べる前段階として、妊婦の健康と環境との関わりを調べたものです。「健康」としてはアレルギー有無の指標となるIgE抗体の血中濃度イムノアッセイ (ImmunoCAP) で、「環境」としては生活の中での重金属曝露の指標となる重金属の血中濃度ICP-MSで調べています。
 こういった研究では、分析技術は既存の確立されたものにより他の研究とも比較可能なデータを取ることが重要で、そこに斬新さは基本的に求められませんが、大規模なデータを取りそれを適切に扱い、交絡因子(検証しようとする事柄と別の要因)による影響を排除して結論を得ることに注意と労力がかかります。

 結果として、水銀 (Hg)、鉛 (Pb) およびセレン (Se) が血中IgE濃度と正の相関を示すことが見出されました。
 これまで、HgやPbの曝露が様々な健康影響を及ぼすことは知られていました。本研究の主要な成果は、そのHgやPbが実際に、花粉症などのアレルギーに関わる体内の指標と相関していることがデータで示されたことにあります。私は今回、体内でIgEが作られるプロセスにこれらの金属がどう関わっているかを考察する際に、既往の研究からの情報による裏付けを取るところに参画しました。



 Fig. 2 - Hypothesis on mechanistic scheme for modulating IgE production by heavy metals|本論文で示された現象のメカニズムについて、既往の研究による情報を基に考察した図。このメカニズム自体を今回の論文で実証できたわけではありませんが。

 そして報道資料でも触れられていますが、血中IgE濃度と正の相関を示したのがHgとPbの他にもう一つ、Se。これは体にとって必須微量元素であり、とくに抗酸化能を司る酵素グルタチオンペルオキシダーゼの活性を保つのに必要であることが知られていますが、この金属の血中濃度とIgE濃度との間にも相関がありました。
 血中Se濃度が環境からの何かの曝露を示しているのか、それとも抗酸化能に関わる生体恒常性の側の何かを反映しているのか、そもそも何か本当に意味があるのかはまだ分かりません。が、分からないことの中に未知の重要な現象が隠れている可能性があるかもしれないので、今回判った事実を今後も頭の片隅に置いておきたいと思っています。

 研究の概要は、各研究機関からの資料でも紹介されています。

エコチル調査から妊婦の血液中金属濃度とIgE抗体の関係について発表産業医科大学、2019年1月18日)
「妊婦の血液中金属濃度とIgE抗体の関係」について(国立環境研究所、2019年1月18日)

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 この論文の筆頭著者の辻先生がいらっしゃるのが産業医科大学で、2ヶ月前の12月に学会で北九州に行っていたときに訪問もできたのでした。



 蛇足ですが、そのときの学会での発表(今回の論文と別の内容ですが)に研究奨励賞をいただけることが後日決まり、賞状が手元に来ました(⇒2年ぶりの北九州は材料工学の学会で)。次もがんばります。