私が材料工学科(3年目)でco-corresponding authorとなった2つ目の論文が、米国化学会ACSで界面科学を扱うジャーナルLangmuirで出版になりました。2018年末の12月26日にアクセプトされたものです。
⇒Sekiyama S & Umezawa M et al.
Delayed Increase in Near-Infrared Fluorescence in Cultured Murine Cancer Cells Labeled with Oxygen-Doped Single-Walled Carbon Nanotubes. Langmuir 35(3): 831-837 (2019)
[Full-Text @ACS] [PubMed]
この論文では単層カーボンナノチューブ (SWCNT) について、球形など普通のナノ粒子とは大きく異なる細胞内での振る舞いを報告しました。SWCNTの細胞内挙動を、近赤外蛍光顕微鏡とラマン顕微鏡で検証しています。
この研究は元々は、SWCNTが生体深部のイメージングに使える近赤外蛍光を発することを用いて、これで標識した細胞の生体深部での挙動を追跡しようとすることが目的でした。
しかし、細胞にSWCNTを加えて24時間待っても蛍光が見えなかったのです。普通のナノ粒子では、添加24時間後に細胞から蛍光が見えないということはまずあり得ないので、SWCNTの蛍光は本当に強いのだろうか・・・ などと疑う場面もありました。その中で、SWCNTの細胞への添加から72時間(3日間)以上待った方が、その強い蛍光が見られるようになることを見出したのでした。
しかも細胞に取り込ませたSWCNTの蛍光は、添加48時間以降SWCNTのない条件で培養した場合でも、3日目以降も強くなり続けるのです。今回の論文は、その結果を考察した内容になっています。最終的にこの蛍光SWCNTの振る舞いは、「"The o-SWCNT-PEG may aggregate in the cells over time, which could favor their internalization." ということではないのか?」と、論文出版に向けたpeer-reviewの過程で査読者からアドバイスされ、アブストラクトにもそう書かせてもらっての発表になりました。
とにかく細胞に添加後、24時間以内に取り込みを示すシグナル(この場合は近赤外蛍光)が得られなかった事実には困惑しましたし、そこで検証を打ち切っても良いくらいの話でした。
しかし調べてみると、表面の状態が異なるもののMaoらの報告 (Biomaterials 2013) でも、細胞内からのSWCNTのシグナルは添加後3日目以降に多くみられる例が報告されていました。
Mao et al. Biomaterials 34: 2472-2479 (2013)
また、Kostarelosら (Nat Nanotechnol 2007) の論文では、CNTの添加から1~4時間後に見られる細胞取り込みを報告しています。しかしこの報告では、SWCNTだけでなく多層CNT(材料としてSWCNTより硬いなど、物性が異なる)も同時に加えていたり、SWCNTの表面を正電荷に修飾して細胞取り込みを起こりやすくさせたりしていた効果も合わせて見ていたのではないかと思われます。
Kostarelos et al. Nat Nanotechnol 2: 108-113 (2007)
他にも、24時間以内でのSWCNTの細胞取り込みが複数の論文で報告されていますが、それらはCNTの分散状態が保証されていないので解釈が難しそうです。
本当は、SWCNTの細胞取り込みや細胞内挙動に至るまでの生体膜との相互作用について、下の絵のような検証ができたら面白そうですが、あいにく私の手札ではできないので、いずれ誰かがCNTの表面状態や分散状態を変えながら比較検証してくれたらいいなぁというところです
Kraszewski et al. Carbon 50: 5301-5308 (2012)
ナノ粒子の生体内挙動は、医薬の分野でも環境衛生の分野でも重要な課題であり、これまでも少なくない研究報告が行われてきました。しかし、今後の研究技術の向上でさらなる新奇の発見がありそうなので、私も何か面白い事実がないかと、目の前で見られる現象を疑いの眼差しで見つめていきたいと思います。
●「カーボンナノチューブに発がん性」解説のちょっとマニアックな解説(2015年8月)