「カーボンナノチューブに発がん性」解説のちょっとマニアックな解説

 2015年7月31日朝のNHKおはよう日本』で、カーボンナノチューブ(CNT)の発がん性に関する研究報告の解説がありました。
 CNTは、中皮腫を発生したアスベストと形や大きさが似ていることから、環境放出が起こり人が吸った場合の発がん性の可能性が指摘されていました。その指摘は数年以上前からありましたが、確からしい研究データで示されたのはごく最近、ということでしょうか。

ここに注目! 「カーボンナノチューブに"発がん性" 問われるナノテク時代の安全」(2015年07月31日、NHK解説委員・土屋敏之氏)
 ※2021年現在、リンクが切れています。NHKってこういう情報ページを残さないんですね・・・。


 私も解説を求められたことがあったので、NHK解説の公開ついでに私のメモも書き起こしておきたいと思います。

 ①ラットに対する2年間の吸入曝露試験の価値
 この長期の吸入曝露試験は、ハード面からも実験管理の面からも大変な研究であり、その結果は非常に貴重なデータを示していると言えます。
 また、げっ歯類の動物で2年間というのはほぼ一生涯の期間であり、人が一生、慢性的に吸入した場合に起こり得る現象を検証するための実験系と言えます。その実施は技術的に極めて困難ですが、この研究を実施した研究者らは 「吸入曝露を」 「2年間連続で」 行うために相当の検討を重ねており、他に追随を許さない技術を確立しているとも言えるでしょう。
 その研究の結果としての 「明らかな発がん性あり」 の判定は、類似のCNTの安全性をいかに担保するかという点に重要な示唆を与えています。

 ②もっと幅広く毒性を検証しておく必要はないのか
 発がん性の検証のみで十分かどうかの議論は別として、冒頭に述べた背景から、初めに発がん性の検証の優先度を上げる根拠は十分にあったと考えます。
 なお、CNTは長さが数百μm以上あったりと、球形のナノマテリアルと異なり筒状の形状を持つことから、肺の周辺組織に残留し、そこで影響を及ぼすのではないかと指摘されているものです。

 ③一種類のCNTだけを対象にした研究だったがそれは妥当か
 妥当かどうかはコストとの兼ね合いですので、複数種類のCNTについて2年間吸入曝露試験を行うのは現実的でないという判断があったものと思われます(私自身、やれと言われてもまず無理です)。むしろ、長期吸入曝露試験を実施したCNTを比較対照とし、「より短期間かつ低コストで、CNTの発がん性を予測できる試験法・エンドポイント」を確立することが次のステップになるのではないでしょうか。
 その上で、環境放出に伴うヒトへの長期的曝露が起こり得る用途では、発がん性という健康へのリスクの低いCNTを使用できるように(それを選べるように)していくことが、重要であると考えます。

 ④最後に一言
 CNTは有用な(というより、実際には画期的な)性質があるからこそ使われ、同時に起こり得る負の側面も議論されるわけです。今回のようなデータを踏まえ、いかに安全なものをデザインしていくかがフォーカスされて欲しいと思います。

<後日追記>
論文発表『単層カーボンナノチューブの特異な細胞内挙動』@Langmuir 2019
カーボンナノチューブの特徴、体内動態と毒性、近赤外蛍光体としての生体応用の可能性をレビューしました。
Carbon nanotubes—Potential of use for deep bioimaging. in: Soga K et al., (Eds.) "Transparency in Biology: Making the Invisible Visible" (2021, Springer) https://doi.org/10.1007/978-981-15-9627-8_5