「生体はどうすれば透明になるか?」。このタイトルで2020年末、日本分析化学会の機関誌『ぶんせき』に解説論文を寄稿するとともに、ハードカバーの英文書籍 "Transparency in Biology: Making the Invisible Visible" も出版しました。
●生体はどうすれば透明になるか?(PDF @『ぶんせき』2020.11)
●Transparency in Biology: Making the Invisible Visible @Springer(Kindle版、ハードカバー)
生体はどうしたら透明になるのか。透明だったら他の人に見つけてもらえないからだ、というのもまたその通りですが、体を透明に観察できたら疾病に罹患したときに、深部のそれを見つけることができるようになるかもしれません。体の内部の構造や、そこで起こっている現象が見たいときにもっと簡単に見えるようになるかもしれません。
そこに研究の主眼を置いて私が2020年度までの5年間、拠点にしていた研究室での最新の成果と研究のコンセプトを、上の解説論文と英文書籍でPRする機会に恵まれました。
では改めて、生体はどうしたら透明になるのか。この問いに対する答えを考えるために、逆に生体はなぜ透明でないのか、という問いから冒頭の日本語論文では解説をしています。
梅澤・曽我「生体はどうすれば透明になるか?」@ぶんせき 2020(11): 420-425 (2020) より
体を透視して中を見るには、生体透過性の高いシグナルを拾うことが有効です。この透過性の高い「光」に、可視光より少し波長の長い近赤外光があります。光を用いた観察は、簡便な装置で動的なイメージングが可能という長所を持つため、近赤外のその活用が注目されています。
近赤外蛍光イメージング研究の進展と応用例については、「OTN近赤外蛍光イメージングのバイオメディカル分野への応用 ―最新の蛍光プローブが展開する生体深部情報の可視化」と題し、2020年4月10日発刊の『画像ラボ』(日本工業出版)にて解説しました。
生体と透明性の語で論文を検索すると、光の吸収と散乱を抑えるために開発された方法などの情報が出てきます。ただし、「無色透明」に対して「青色透明」などの言葉がある通り、「色がついているかどうか」と「濁っているかどうか」が別の話であることに注意が必要です。それが、今回の日本語での解説論文と英文書籍で述べたことのコンセプトです。
体の中が見える技術は、体の「深部」の温度を測ることなどへの活用が期待されています。昨年からは、日常生活の中でも各所で「ピッ」と体温を測定する日が続いていますが、あの「ピッ」で測っているのは体の「表面温度」。これを測ることはもちろん、発熱がないことかどうかの簡便なスクリーニング検査として有効です。しかし一方で、寒い場所から帰ってきた直後にすごく低く表示される体温などを見ると、表面温度は外の環境の影響を受けて短時間ですぐ変わるんだよなぁと実感します。
M. Umezawa & K. Nigoghossian "Nanothermometry for deep tissues by using near-infrared fluorophores" in: K. Soga et al., (Eds.) "Transparency in Biology: Making the Invisible Visible", pp.139-166 (Chapter 7), Springer (2021) より。私が描いた見映えのしない図を、K. Soga先生がカッコ良く仕上げてくれたのでした。
深部体温と言ってすぐに思い浮かぶ問題が、「冷え性」と「熱中症」。どちらも、体の熱産生を適切に制御できているだけでは体温はコントロールできず、体から外への熱の放出や、深部体温が外の環境による影響を受けないよう調節する体のメカニズムを理解することが、問題解決に重要であると言えるでしょう。
以前にはこんなことを書いていました。→「体温の『コア・シェル』と冷え症のいろいろ」(2018年5月)
今回の英文書籍執筆では、健康・医療における深部体温の重要性についても、
- 体の発熱
- 新生児脳障害の低体温療法
- スポーツ科学でのアイシング
- がんの光温熱療法
を例にレビューしました。しかし、調べてみて目立ってくるのは「深部体温は経時的な測定・モニターが難しいので、ちゃんとしたことがよく分かっていない」ということの方。
もちろん、何が分からないのかを論じる上で「どこまでは分かっているのか」をちゃんと線引きすることが重要ですし、それを今回執筆・編集した本にも書いたわけですが。
もっともっと面白いものを書いていきたいものです。
- 梅澤雅和、曽我公平「生体はどうすれば透明になるか?」ぶんせき(日本分析化学会)、2020(11): 420-425 (2020) ⇒ PDF
- Onoda A., Umezawa M. (2021) Carbon Nanotubes—Potential of Use for Deep Bioimaging. In: Soga K., Umezawa M., Okubo K. (eds) Transparency in Biology. Springer, Singapore. https://doi.org/10.1007/978-981-15-9627-8_5
- Umezawa M., Nigoghossian K. (2021) Nanothermometry for Deep Tissues by Using Near-Infrared Fluorophores. In: Soga K., Umezawa M., Okubo K. (eds) Transparency in Biology. Springer, Singapore. https://doi.org/10.1007/978-981-15-9627-8_7
(赤がKindle版、オレンジがハードカバー版)