卒業生との発表論文―生体試料の透明化を速めてみたい (RSC Adv 9: 15269-76, 2019)

 もう半年前(2019年春)のことになりますが、その春に修士課程を修了したラボの卒業生の研究内容が、論文として英国化学会のオンラインジャーナルRSC Advancesに掲載されました。


●Umezawa M, Haruguchi S, Fukushima R, Sekiyama S, Kamimura M, Soga K: Rapid increase in transparency of biological organs by matching refractive index of media to cell membrane using phosphoric acid. RSC Advances 9: 15269-76 (2019)


 体の中の細胞や分子の位置を三次元的に捉えることは、体の中で起こる時間変化や環境応答を理解するために有用です。しかし、私たちが普段見ている光を使ってその三次元像を得ることは普通はできません。それは、体が光をまっすぐに通さないので(だから体が透明じゃない)、中のものの並びを見ることができないからです。

 しかし、「できないものはできなーい!」と言っていては進歩がないので、色々な人が病理標本のような生体試料を透明にし(とくに生体組織による光散乱を抑え)、その内部の情報を普通の光を使って見てやろう、という研究がいくつか行われています。それが「生体組織透明化」で、細胞の配列や活性を見ることが重要な神経科学や発生学の分野で盛んに研究されています。

 そこに神経科学や発生学などの生物学分野でなく、材料工学の視点から透明化の原理と効果を検証してみた成果が、今回の論文の内容です。具体的には、透明化に効果を発揮する尿素が細胞膜にあるリン酸基の分極(これが光散乱の原因になる)を弱めることはない一方で、先行研究で言われているように、尿素が媒質の屈折率を細胞膜のそれに合わせることが透明化に寄与していることを報告しました。

 加えて、屈折率の大きい水溶性小分子であるリン酸で、先行研究で言われている以上に速く(厚さ数mmほどであれば1時間以内で)生体組織試料の透明性を高められることが明らかになり、これを今回の論文の主な内容として発表しています。

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 なお、組織透明化の研究論文というと、他はほぼすべて試料の透明性を高めた上で蛍光三次元イメージングをした結果まで報告しています。しかし、本論文では生体組織の不透明性をあくまで材料・化学的な視点から検証するにとどまり、一切の蛍光画像データを報告していません。正確には、リン酸では酸性が強すぎて蛍光タンパク質が消光してしまいますので、この論文の範囲ではその三次元像まで示すことはできませんでした。

 結果の続編は次の論文のほか、今月(2019年10月末)にうちのキャンパスで行う国際シンポジウム(⇒こちら)で報告する予定でいます。

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 この研究に取り組んだ大学院修士課程の学生は、院に進学した後もそこで何を得たいのか、すぐには明確に描き切れない中でもがいた時期もありました。しかしそんな中で、周りの他の学生たちもやっていない一見変わった実験(その内容は今回の論文でも発表できていません)も面白がって試行錯誤し、必要な情報も自身で見つけ、仲間たちと研究に取り組む過程で成長を見せてくれたのが嬉しいことでした。

 社会人1年目の今も本人が、迷いながらも少しずつ自信を持って、人と助け合いながらまた面白い仕事を作っていってくれたらいいなと願うところです。

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 2020年11月追記: 生体を透明にして中を観察する技術は、その後も続々と報告されています。佐藤健太郎さんのこれ、面白いです(笑)