卒業生との発表論文2―近赤外蛍光寿命イメージングによる非接触温度測定

 こちらは公開されたのが1ヶ月前の、2019年9月5日。半年前の春に修士課程を修了したラボの卒業生の研究内容が、論文としてScientific Reports誌に掲載されました。


●Chihara T, Umezawa M, Miyata K, Sekiyama S, Hosokawa N, Okubo K, Kamimura M, Soga K: Biological deep temperature imaging with fluorescence lifetime of rare-earth-doped ceramics particles in the second NIR biological window. Scientific Reports 9: 12806 (2019)

www.nature.com

 自然科学・理工学系の研究でよく使われる光に「蛍光」がありますが、励起光をカットした次の瞬間に蛍光が消えるときに、その消えるスピード “蛍光寿命” はそのモノや状況によって様々です。といっても、その消えるスピードは数ナノ秒~1ミリ秒(0.001秒やその百万分の一)ほどで90%弱くなるというスケール感なので、その減衰は「一瞬で」切り替わるように見えるのに違いないのですが。

 この蛍光寿命、つまり「蛍光の消え方」は温度によって変わるので、この消え方を計測できればその部分の温度を知ることができます。しかし、この蛍光寿命は多くの場合、数ナノ秒(0.001秒の百万分の一ほど)と極めて短いのが現実です。一方で、今回の論文で使ったNd(ネオジム)やYb(イッテルビウム)といったランタノイド(元素の周期表で、下の方に枠外で括られているものの一部)を蛍光体として使うと、寿命が数百ミリ秒と通常のものより10万倍くらい長い蛍光物質が得られます。なので、カメラ側にナノ秒オーダーの精度や時間分解能がなくても、その蛍光寿命を計測することができるのです。(*1)

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 しかも、ランタノイドの蛍光は生体組織による損失の少ない近赤外波長域で出てくるので、その蛍光寿命を捉えれば生体深部の温度分布も画像化することができます。実際に、ゼリーとか肉の「中の」温度が、そこに体温計を挿さなくても分かることをこの研究で実証し、論文として報告しました。

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 パルスジェネレーターにパルスレーザー、オシロスコープの使用・・・ それによってマイクロ秒オーダーで起こる現象をカメラで追うなど、元々は生物・薬学分野にいた私個人的には初めての経験ばかりでした。それでも、その短時間で起こる現象のデータのズレを "素人目に" 見ることで検証できた部分があり、それが本論文の趣旨になっています。

 その現象を捉えたデータのズレは、当初から想定したものではなかったもののリーズナブルで、マイクロ秒オーダーでの時間依存的な蛍光量の変化をconventionalなカメラで捉えるのに有用な知見を示せたと思っています。この原稿を準備する過程でラボの教授がつぶやいた、「原理的にできると分かっていることでも、やっぱり実証して初めて分かることがあるんだよな。だから実証することが大切なんだ」と改めて噛み締めるように発した言葉が印象に残る一本です。

 そしてこの経験が学生本人にとっても、その次につながるものでありますようにと願いつつ。

 私自身はこれと前の論文で報告した方法も使いながら、色々なモノの温度を測ってみたいと思うと同時に、また次の過程で新しい問題にも遭遇するのだろうと想像してワクワクしているところです。

www.nature.com ↑ これが「前の論文」。

umerunner.hatenablog.com___
 (*1) 今年1月の国際会議の会場で、この研究の話をして回っていたときに、蛍光寿命が一般には短すぎて簡単には測れないために「それはどうやって計測してるんだ!!?」と驚かれました。このときに、検出器側の設計だけでなく蛍光物質の側に特長があることを、もっとアピールしていいのだと感じたのでした。