大気汚染に対する高感受性集団に配慮した取り組み・研究

 私の最近の関心事の一つは、大気汚染という環境リスクに、高感受性集団を考慮しながら対応するにはどうしたらいいのかということです。
 ここでは、以下の4点について調べてみたことを列挙してみます。

 A)大気環境による健康影響を受けやすい高感受性集団として、どのような原因が検討されてきたか?
 B)高感受性集団に配慮した環境政策リスク管理はどのように議論されているか?
 C)関連する研究は?
 D)各々の研究の政策への貢献に向けたビジョン

 (2012年11月1日、文責:梅澤 runner_fromgoka@yahoo.co.jp)

 (以下、所属は当時。)

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A)大気環境による健康影響を受けやすい高感受性集団として、どのような要因が検討されてきたか?

 (A-1) 国立環境研・藤巻秀和氏(2006年7月)
 (A-2) 環境省・微小粒子状物質健康影響評価検討会
 ・第2回(2007年7月)配布資料「資料2-1」「資料2-4」
 (A-3) 環境省・微小粒子状物質健康影響評価検討会報告書(2008年)第7章「知見の統合による健康影響評価」
 ・遺伝的要因(異なる系統の動物の観察)
 ・性別
 ・時間的要因(胎生期、小児期、老年期、次世代など)
 ・疾病の既往、有病状態
 ・既往疾病として、とくに喘息、COPD、肺高血圧、虚血性心疾患、不整脈
 ・他の環境要因

 藤巻氏は、環境政策への貢献に向けたビジョンを、環境化学物質が生体の高次機能に与える影響の適切な評価により、環境化学物質の曝露による健康へのリスクを低減する施策に貢献する科学的知見を効率的に集積すること、と表現している。

 (A-3) 三宅島の火山ガスに対する高感受者三宅村役場)
 ・妊婦(咳により腹圧が上がるためと説明されている)
 ・呼吸器疾患(喘息、風邪、インフルエンザ)有病者
 ・循環器疾患有病者
 ・新生児
 ・乳児
 ※リスクをもたらす物質に対する感受性について概ねの程度を知っておくことは、日常生活の行動基準を把握する上で必要、という記述あり。

B)高感受性集団に配慮した環境政策リスク管理はどのように議論されているか?

 (B-1) 環境省:中央環境審議会大気環境部会・微小粒子状物質リスク評価手法専門委員会(第2回)(2008年9月)におけるWHOならびに米国EPA視察の報告

 ●米国EPAカリフォルニア州EPAのリスク評価手法における高感受性集団の考慮
 カリフォルニア州EPAは、環境管理の目標値を「乳幼児、子供(高感受性集団)を含む住民の健康を適切な安全余裕をもって適切に保護するレベルに決定しなければならない」としている。「適切な安全余裕の定義はみられませんが、基準設定における適切な安全余裕とは、大気汚染による多様な潜在的高感受性集団への健康影響の正確な予測の不足や科学的不確実性を説明、補償するものと理解されます。」(環境省:松田総務課課長補佐)

 ●WHOによるPM2.5の指針値に、高感受性集団の保護は考慮されていない
 WHOによるガイドラインは、「一般集団(全体)の保護ということを目的に設定されている」。(武林亨氏)

 PM2.5による健康影響について、「閾値はあるかもしれないけれども、感受性が個人差によって非常に大きいために、集団としては、閾値は確認できていない」。一方、「疫学研究の結果は、10μg/m3あたり全死亡率が6%増加することを示しており、低濃度であってもリスクがあることを示唆している」(Pope CA EHP 108(Supp; 4): 713-23, 2000)。そのため、リスクのレベルを「どこまで下げればいいかという議論」が必要になる。
 視察では、WHOの取り組みで「PM2.5の基準の考え方、年平均値のレベルをどう考えたか、それから24時間平均値のレベルをどう考えたか、それから指針をつくる過程でリスク評価がどのように取り込まれているのか、いないのか」を調査した。これに対して、WHOは「どれくらいのリスクレベルまでにするかということは各国の問題」としながら、「やはり各国に対して指針値を示すことが有効であり、方向性を示す上で数値を示すことは有効と判断して、実現可能性を考慮した妥協として指針値を示している」(加藤順子氏)ということであったそうである。

 WHOのスタンスは、「各国によってかなり大気汚染の状況、PM2.5-10の濃度も違い、それに対して対応をどうとれるかということも変わってきているということから、WHOとしてはマネジメントの観点からIT値、目安値をあわせて設定し、とにかくこれをうまく使うことによって、少しでも実際のPM2.5あるいはPM10の濃度レベル、曝露レベルを十分下げるという努力の継続が非常に大事」というもの。(武林亨氏、同)
 WHOによるPM2.5の24時間指針値は、PM2.5のデータをもとにしたのではなく、「PM10に関するもの(データ)で数値を考えて、それをPM2.5に外挿した」。このとき、EUにおけるPM10の24時間平均値とPM2.5の年平均値との間の相関性が考慮されたとのこと。(加藤順子氏)

 ※この課題を考えるとき、安全係数の意味(種差、個人差、不確実性)を意識しなくてはならないであろう。(梅澤・注)

C)関連する研究は?

 (C-1) 環境省・研究プロジェクト-微小粒子状物質曝露影響調査研究(1999~2006年)
 ・報告書(2007年7月)「総括」
 「今回の実験結果は、疫学研究で報告されているPM2.5曝露に対する高感受性群の存在を否定するものではない」と結論付けた。

 (C-2) 国立環境研・研究プロジェクト-アトピー素因を有する高感受性集団に環境化学物質が及ぼす影響を簡易・迅速に判定する抗原提示細胞を用いた評価手法の開発 (2007~08年、環境省「環境技術開発等推進費」採択課題、代表=高野裕久氏)(※リンク先は、国際環境研究協会ウェブページ)
 このプロジェクトは、激増する「アトピー素因」を有する高感受性集団を対象に、アレルギー反応の始点を司る抗原提示細胞を用いて、アレルギー疾患の発症・増悪を修飾する可能性が高い環境化学物質を簡易・迅速に判定しうるin vitro評価法の開発を目指したもの。

 (C-3) 国立環境研・研究プロジェクト-越境大気汚染に含まれる粒子成分が循環器疾患発症に及ぼす影響(2012~14年、文科省「科学技術研究費補助金」採択課題、代表=新田裕史氏)
  このプロジェクトでは、環境データおよび疾患発症データを統合したデータセットを用い、統計解析を行い大気汚染物質と循環器疾患発症との関連についての定量的に評価する。次に、越境大気汚染の健康影響を評価する。また、影響を受けやすい高感受性集団・脆弱集団について(臨床情報を組み合わせた解析により)検討する、としている。(2012年時点で「計画」)

 (C-4) 自動車工業会JAMAGAZINE(2012年6月号)
 大気中の粒子状物質の現状と健康影響についての解説記事。大気中のPM2.5経年変化、粒子成分の経年変化などを解説した他、健康影響について「環境汚染物質に対する高感受性集団」(高齢者、子ども、患者)に言及している。
 また、環境省の中央環境審議会「微小粒子状物質基準専門委員会報告書」(2009年9月)で示された、大気中浮遊粒子のリスク管理に関する6つの課題を引用している。その6つのうちの1つが、「日本の一般環境大気の影響メカニズムに関する毒性学的研究(高感受性群における大気濃縮粒子の健康影響調査、化学組成の相違に関する実験研究など)」。

D)政策立案側からの要請
 死亡や死亡以外の様々なエンドポイントを対象に、高感受性者・脆弱性を有する者も含めた地域集団を対象とした国内知見の充実を図り、我が国における微小粒子状物質の曝露による健康影響の現状を把握する必要がある。(環境省・中央環境審議会大気環境部会微小粒子状物質環境基準専門委員会[第9回=2009年6月]「配布資料 10/14・まとめと今後の課題」)