2018年の1月下旬、インフルエンザの「患者数が過去最多」というニュースを目にしましたが、我が家でも同じ時期(先週)、5歳の人が初めてインフルに罹りました。この子の親は長らくインフルに罹っていないので、久しぶりの「家族への感染」。熱が引いても保育所への出席停止が続くなど、当たり前でもバタバタする一週間でした。
●インフルエンザが大流行 患者数283万人、過去最多(朝日新聞、2018年1月26日)
5歳の人が罹ったのは、先週1月22日の積雪の直前のこと。熱があっという間に38℃台後半まで上がり、受診したところ、鼻の穴をホジホジされる検査でインフルA型の一発陽性でした。
処方された抗ウイルス薬はイナビル(第一三共、ラニナミビル)。日本では2010年に保険適用になった、「1回のみの服用」で効く吸入剤です。1回投与で効くのは、プロドラック製剤(カプリル酸エステル体)であり長時間効果を発揮するため。幼児に対して、病院で1回投与を受ければ効いてくれるというのはありがたいことです。
このイナビルは、A型およびB型インフルエンザウイルスの細胞膜にあるノイラミニダーゼという酵素を阻害し、ウイルスが感染細胞から放出されるのを抑えることで、発熱や発症期間の長さを抑える薬です(*1)。なので、この酵素を持たないC型には無効。
ノイラミニダーゼを阻害する薬というのは2000年以降、最も主要なインフルエンザ治療薬であり続けています。
初めのものはリレンザ(GSK、ザナミビル)で、1日2回×5日間の吸入剤でした。たった1回の投与で済む薬の存在を知ってしまうと、時代の違いを感じてしまいますが、当時は画期的なインフルエンザ治療薬だったはずです。1990年から販売され始め(日本では2000年末から)、日本での小児への適応承認は2006年から。
次のものはタミフル(ロシュ、オセルタミビル)で、1日2回×5日間の経口剤。エチルエステル化により脂溶性が高められ、内服での治療を可能にしたプロドラッグです。1996年から販売され始め、日本では2001年に保険適用。元はシキミ酸から合成されるものでしたが、その後ブタジエンとアクリル酸のDiel-Alder反応に始まる合成法(コーリー法)、1,4-シクロヘキサジエンを原料とする柴崎法など他の全合成法も開発されています。
で、その後の2010年に点滴剤ラピアクタ(塩野義、ペラミビル、1回投与)と吸入1回のイナビルが上市されています。2018年1月現在上市されているノイラミニダーゼ阻害薬は、この4つでいいのかな。
●イナビルの長所・短所は? 1回の吸入で済む抗インフルエンザ治療薬(ミナカラ、2017年10月29日更新)
●インフルエンザの治療薬(タミフル/リレンザ/イナビル)(Caloo、2017年10月16日更新)
吸入・経口のノイラミニダーゼ阻害薬3つの化学構造。赤と緑で囲ったのはそれぞれ同じ部分。点滴で用いられるペラミビルは六員環でなく五員環を持ち、あわせて -NHCOCH3 や -NHCNHNH2 などここに似た構造も持つ。
追記: ザナミビルとラニナミビルの違いは、OH基の一つがメチル化されているかいないかの一点のみであり、他の構造はchiralityも含めてすべて同じ。
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で、病院でインフルエンザと診断されると、発症(発熱)後48時間以内であれば上のような治療薬の投与を受けます。この薬剤投与の判断をするために、発熱したときの原因がインフルエンザウイルスに因るものなのかどうかを、迅速簡便に判定する方法が必要なのですね。
それがあの、鼻ホジホジ検査。私は数年前に一度この検査を受けたとき、すごく痛かったのを憶えています。そして、休日で選べず私の行った病院の医師は、そのインフルエンザの検査結果を「症状からしてインフルエンザと思われるのですが、検査結果は陽性に見えないんですよね・・・ なので、インフルエンザでない薬を出します。」と自信なさげに言って抗菌薬を処方してきました。私はインフルでなくても風邪で高熱が出るので、見た目でインフル「陰性」の結果を疑うような目で見る医師をアヤシイとも思ったものです。
それでも、当時家にいた乳児に風邪を移すリスクを最小限にするために、私はその抗菌薬を飲んだのでした。そして、お腹を下してしまいました。苦い思い出です。
ただし、冬季に発熱したからと言ってこの検査が必要不可欠というわけではありません。軽症者には検査も抗ウイルス薬も必要なく、人に移さないことを最優先に自宅療養で治しましょう、という話が次の記事に書かれています。
これは本当にその通り。高リスク者(乳幼児や妊婦、高齢者)の家族に移さないこと、といった注意が重要であることはもちろんですが。
●インフルエンザ 軽症者は診断確定の必要なし(フォーサイト、2018年1月31日)
ただし、軽症であれば通学や出勤をしていいということは絶対にありません。高熱でなくてもインフルエンザの可能性はありますので、高熱でないからと無視をして学校や職場に出てくれば、周りの人に感染させてその人たちを高熱で苦しませる可能性を高めることになります。発熱したら自宅療養は必須ですね。
●「高熱が出ないから、インフルエンザではない」←この判断は間違いです(日本気象協会、2018年1月25日)
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今回5歳の人はインフルエンザの予防接種も受けていました。接種をしていたおかげで、症状が和らいていたようにも思いますが、「接種していなかったらどうなっていたか」の検証をしようがないので、正確なところは分かりません。それでも、予防接種をすることで子ども自身の罹患だけでなく、流行に加担するリスクを下げられたらいいと思うところです。
●インフルエンザ大流行。日本から失われた「集団免疫」とは?(Huffpost、2018年1月27日)
その5歳の人も、もうすぐ6歳。
この人はインフル発症から数日間、訳あって母と別居しなくてはなりませんでした。そこで私もこの人と自宅を出つつで仕事もしたかったので、この週は金曜日を終えた時点でかーなーりーホッとしたのでした。この週は首都圏で気温が低く、東京都心で34年ぶりに「8日連続氷点下を観測」したのだそうです。
●東京都心 6日連続氷点下 34年ぶり(日本気象協会、2018年1月27日)
※この後さらに2日間、都心で氷点下の朝が続きました。
なお、2017/18年シーズンは、A型、B型両方のインフルエンザが流行しているようですが、このうちA型で2009年以降に流行しているのは、当時新型インフルエンザとして問題になった「A(H1N1)pdm09」と呼ばれる系統です。豚インフルエンザのウイルスがヒトへの感染力を獲得し流行していると考えられているものですね。
一方の、2005年に東アジアで猛威を振るった高病原性鳥インフルエンザは、HPAI A(H5N1)。メモ。
追記: 2018年1月下旬以降も患者増加。1月15~21日の患者数、一医療機関あたり51.93人から、1月22~28日は「同52.35人」。(⇒インフルエンザの大流行が止まらない… 複数タイプの同時流行で、Huffpost、2018年2月2日)
2月4日までの1週間では「同 54.33人」。B型が最も多い一方で、A型は "新型" のH1N1の他に、"香港型" のH3N2も流行が始まったとのこと。(⇒インフルエンザ患者数、3週連続で過去最多更新、日経メディカル、2018年2月9日)
●A型インフルエンザ H1N1亜型(Wikipedia)
●A型インフルエンザ H3N2亜型(Wikipedia)
●A型インフルエンザ H5N1亜型(Wikipedia)
小中学校でもインフルエンザによる学級閉鎖などが多いようで、これからその年代の子を持つ大人にとって悩ましいところです。
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(*1) これら抗ウイルス薬の直接的な薬効は解熱でなく、体内でウイルスが広がることの抑制です。ウイルスが広がるのを防ぐことで、結果的に発熱や発症時間が軽く抑えられることになります。
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2019年2月追記: 首都圏で今季もA型インフルエンザが流行しています。塩野義から上市された抗ウイルス薬「ゾフルーザ」が、持続性かつ従来の薬剤とメカニズムが異なることなど期待を集めた一方で、早くも耐性ウイルスが報告されるなど注目されています。
●「ゾフルーザのエビデンス」ほか(日経メディカル、2019年1月31日)
話題になっているほど他よりも良い効果を発揮するのかについて、まだ少なくともデータでは裏付けられていない点には注意が必要でしょうか。適切に処方・使用されて、これが良い薬剤として育つと共に、次のより良い薬剤開発に繋がってほしいと願うばかりです。
「薬効が持続的である」ということもトレードオフの例を免れず、副作用の可能性も念頭において「体から抜けにくい」という性質があることにも、特に医療従事者側が注意を払うべきと思います。また、小児や合併症を併発した人の服用には、症状の管理と合わせて服用直後の経過観察が必要不可欠であることも、言うまでもありません。
●ゾフルーザの利点と欠点ほか(2019年2月5日)
利点は臨床効果以上に期待される「ウイルス排出の早期抑制」。問題は小児適応の知見が少ないことと、耐性株の出現。
●ゾフルーザの耐性が、A/H3N2亜型の9.5%に検出(日経メディカル、2019年1月23日)