ナノ粒子の生体影響評価・生殖発生毒性評価の問題点

 標題の件について、日本薬学会第132年会(2012年3月)と生殖発生毒性学東京セミナーの第21回(2011年10月)、第22回(2012年3月)などで指摘された点をまとめておきます。

 この研究分野における問題点や課題は他にもありますが、ここにはナノ粒子や化学物質曝露の影響評価に関してよく議論に上がる点をまとめています。一部、私の個人的な意見も入ってはいます。併せて、当然のことではありますが、議論の場が「よく議論されることを議論する」ことで終わっていては進歩がないことを指摘しておきます。(というわけで、これはとくに新しいアイディアを含むものでもないので、論文にするまでもなくここに記そうと判断したものです。)

 ※追記:内容を更新したものが、岩波『科学』2012年10月号に掲載されました。

 なお、内容の一部に日本薬学会第132年会でのシンポジウムS25「ナノマテリアルの開発・安全性評価の最前線~産官学の取組み~」において、行政の意見として示されていたものを含んでいます。

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①ナノ粒子の生体影響評価に関する問題点

・影響発現のサイズ依存性についてのデータが不十分である。
 ⇒ ナノ粒子の生体影響/毒性について新しい知見(ハザードの情報)が得られたときに、それが「ナノサイズのマテリアルであるから起こるのか否か」について検証されることが望ましい。
 = “粒子が小さければ小さいほど有害性が強い”のか?

・毒性試験は「試験」ではなく「研究」である。
 (これだけ書いても正確な意図は伝わりにくいかとは思うのですが、心に残った言葉なので敢えて記しておきます。)


②生殖発生毒性評価に関する問題点

・仔の成長の度合い(体重データ)の変化を示す際には、親一個体あたりの産仔数についても言及する必要がある。
 = 被検物質の作用の有無に関わらず、親一個体あたりの子(出産・授乳)の数によって子の体重が変化することに注意が必要である。

・産仔に何らかの影響が生じる条件で、親個体に一般毒性試験で検出可能な変化が生じているのか否かの検討が不十分である。(参考:Ema et al. Reprod Toxicol 30:343-352, 2010)
 ⇒ 生殖発生毒性の生じる曝露レベルが一般毒性をも生じさせる程度か否かによって、その意味は大きく異なる。生殖発生毒性が生じる物質であっても、その毒性の発現が一般毒性も生じるレベルでのみ生じるのであれば、リスク評価とその後のリスク管理を実施する際には一般毒性試験による無毒性量を考慮すればいいことになる。しかし、一般毒性の発現しないレベルの曝露で生殖発生毒性が生じるのであれば、生殖発生毒性のデータを基にしたリスク管理が必要であることになると考えられる。


③リスク評価・管理に向けての問題点

・ナノ粒子の曝露を受けたときの吸収率や体内動態のデータが不十分である。
 ⇒ リスク評価を行うためには、曝露実態を評価することが必要である。併せて、実験的な曝露条件が実際の曝露と比較してどの程度であるかを検討可能にするためには、被検物質の吸収率や体内動態(クリアランスを含む)のデータが必要である。ただし、ナノ粒子について正確にこのデータを取得するのは、定量性や検出力の課題から容易でなく、その方法の最適化を含めて研究されているのが現状でもある。

 ※ マテリアルの経口投与による影響評価では、有機化学的なマテリアルの修飾・代謝だけでなく、胃内での無機化学的な変化も考慮する必要がある。
 ⇒ 経口投与されたマテリアルは、胃内で酸性条件下に置かれることになる。酸性条件下でこのマテリアル(被検物質)に生じる化学的な変化については注意が払われるべきである。(医薬品開発や製剤学ではよく議論される項目である。)
 他の体内動態(代謝)についても、同様に注意が払われるべきである。

・検出された毒性がヒトに外挿できるのか否かの検討が不十分である。
 ⇒ 生物種差を考慮することはもちろん、影響発現メカニズムを明らかにすることによっても、in vivo研究で見出されたハザードの情報がヒトにどのように外挿できるかを考察する必要がある。

・各々のマテリアルの曝露が、どの場面で問題になるのかについて整理が必要である。
 = DDS(薬物送達システム)に応用され得るマテリアルであれば、積極的に投与した際の安全性が問題になる。一方で、市場に出る製品中には含まれず生産などの産業の現場で使われるマテリアルであれば、環境・職業的曝露による影響の発生が問題になる。

 ※ 「工業ナノ物質を含有する製品を使用することで、工業ナノ物質に曝露されたり、工業ナノ物質が環境中に放出されるのではないかというのが市民の心配であり、これを理解した取り組み・対応が必要である。
 → 「曝露」を評価する上で製品の類型(製品中にどのような形で工業ナノ物質が含有されているのか)を分類するのが望ましいのではないか。(経産省・及川信一氏@日本薬学会)
 → また、ナノ材料の環境放出の事例研究も必要なのではないか。(同。経産省の新たな取り組みとして実施中。)

ナノマテリアルのリスク評価、リスク管理のアイディアについて、日本からの国際的発信が不十分である。

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●以前の関連エントリ
生殖発生毒性学の抱える課題(2010年10月2日)
リスク評価の方法(書籍紹介)と私の考え(2011年10月7日)
リスク対策の難しさ(2012年3月6日)

●追記
岩波『科学』10月号に「ナノ材料による次世代健康影響とリスク管理への課題」(2012年10月4日)
環境リスクの問題に伴う「不確実性」(2012年6月27日)
リスクの問題に横たわる“個人差”(2012年10月2日)