リスク評価の方法(書籍紹介)と私の考え

 先日、このブログで『メディア・バイアス』という書籍を紹介しましたが、それに関連する書籍を紹介します。先日の紹介を見てくださったうちのラボのポスドクの方が、是非こちらもと言って貸してくださいました。
 化学物質曝露のリスク評価に関心のある方には、是非読んでいただきたい一冊です。



 とくに、第3章の「食品のリスク分析はどのようになされているか」は標題のテーマが明快に解説されていて、とても勉強になります。以下、これについての簡単な紹介の後、これに関連する私の考えを最後に書いてみます。

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●食品のリスク分析・管理はどのようになされているか(一部、私なりの言葉で表現しています。)
1) 背景情報の整理
2) 問題の同定
 ・・・誰がどうすることに伴うリスクを扱うのか。
3) リスクプロファイルの作成
 ・・・誰に何が起こる可能性があるのか。
4) リスク管理目標の設定
5) リスク評価の必要性の是非の決定
 ・・・これは、新しい科学的根拠や問題のリスク要因を取り巻く社会状況が変わった場合に見直しの必要とされる可能性もある。
6) リスク評価(ようやく!)
 ・・・ハザードの同定・特定(何が問題なのか)、有害影響=ハザードの定性・定量的評価(毒性/安全性評価)、不確実性の評価
7) 曝露評価
8) リスクの判定
 ・・・ハザードと曝露量から、実際にどのような現象が問題になり得ると考えられるのか。
9) リスクコミュニケーション
 ・・・リスク評価者⇔リスク管理者、リスク評価案に関する公開の意見交換
10) リスク管理
11)
リスク管理の効果について)モニタリングと評価
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 本書には、これらのこと(もちろんこれ以上の範囲のことも)に関することが詳細に記述されています。
 とくに本書では、「リスクが過大評価されることの弊害」が訴えられ、各々の事象のメリットとデメリットを見極めてリスクを理解することの重要性が説かれています。殊に、本書でテーマとしている食品の場合には、「選択肢の多いこと自体がリスク削減である」という(特異な?)事情を含むことも理解されるべきだと思いました。


●リスク評価・管理と毒性学について私が思うこと

 本書は、リスク管理の目的が“リスクをゼロにすることではない”ことも解説しています。同時に、「ハイリスク集団」(妊娠可能な女性や小児など)の存在についても言及しています。この「ハイリスク集団」とは何か、それは十分に理解されているのかということが私の最近とても気になっていることであり、主要な研究課題にできないかとも考えていることです。
 私は、この「ハイリスク集団」がすでに知られているもの以外にもあり、それに配慮したリスク管理も必要なのではないかと思うのです。*コメント1

 リスク評価やリスク管理が、とくに公的に行われるものについては“リスクをゼロにすること”を目的にできないこと、また“実質的に有害影響がない”ものを「有害影響なし」と結論づけることは、無理もないことであると思います。しかし、それが「誰にとっても実質的な有害影響がない」かどうかについては十分な注意が払われるべきであると、私は思うのです。ある化学物質や事象に対して感受性の高い(いわゆる脆弱な)集団には、未知のものがいくつも存在しているであろうと私は考えています。彼らに起こり得る“有害影響”は、誰も責任を取れないままで本当に良いものなのでしょうか。

 リスク管理が、新たな「ハイリスク集団」が明らかになり次第、常に見直される柔軟なものであってほしいと思います。そして、私は環境毒性学を専門にするラボに6年半の間身を置いている者として、毒性学(toxicology)が未知の「ハイリスク集団」を救える学問でなくてはならないと強く感じています。



リスクの問題に横たわる“個人差”(2011年10月7日)
ナノ粒子の生体影響評価・生殖発生毒性評価の問題点(2012年3月30日)