他国の大学の研究者と共著論文発表(低濃度ディーゼル排ガス曝露に対する呼吸器応答)

 2014年39月にエジプトからうちのラボに来たHazemとの研究成果をまとめた論文が、Ecotoxicology and Environmental Safety誌に受理されました。おめでとう!

 低濃度のエアロゾル微小粒子に対し、炎症や酸化ストレスの誘導が起こらないレベルでもセラミドの顕著な亢進が起こるという結果は、正直驚きでした。私自身の以前のゴミデータや既往の研究から、その低濃度曝露について、呼吸器に細胞死も炎症や酸化ストレスの誘導も認められない範囲があることは知っていました。この用量域で、セラミドの蓄積という形で細気管支上皮細胞が応答するという結果を見たときは、正直「すごっ」と思ったものです。

 昨日この報を受けてから、この研究の経緯を思い返していました。ここではそのストーリーも書き留めておきたいと思います。

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 初め、Hazemに「俺は薬理の分野の人間だからフモニシンB1を使いたい」って言われたときは驚きましたよ。だってそれ毒物だし。その時点で、本人がどの程度安全・安定な実験操作ができるのか確証がありませんでしたし。(しかも、彼と同じ大学から1年半早くうちのラボに来ていたYasserは、決して実験操作に長けていませんでしたし。でも結論を先に言うと、Hazemの手の器用さと実験操作の丁寧さは素晴らしかった。)
 そのHazem本人が言うに、フモニシンB1はアポトーシスを誘導するセラミドの合成を阻害するから、細胞死を伴うような大気汚染物質の有害影響に対するその効果を検証したいと。

 わかったよ。思い立ったが吉日だ。

 と言ってもこれ実は、来日前に連絡を取り合いながら考えていた研究テーマからの方針変更でした。これには、彼が来日して半月後に、粉塵~大気中超微小粒子~ナノマテリアルの毒性学の研究者Günter Oberdörster氏とのミーティングをしたのも大きかったです。新しい分野に飛び込んできたHazemは、この大御所様に研究方針を指南され、すっかり感化されたわけです。
 簡単に言うと、大気環境要因に対する呼吸器の応答を検証するのに、一過性にでもoverdoseになるinstillationの実験はしない(つまり吸入曝露の系を組む)と。この選択は、6ヶ月でできる研究になるのかと少し迷うなど一長一短ではありましたが、了承することにして研究を始めました。
 幸いそれを実現するハード面は、武田健教授が整えてくれていましたし、やるなら協力してくれると言ってくれた仲間もいました(彼らのお名前は論文の共著者リストと謝辞にそれぞれ載せました)。彼らの技術的支援や、各々の強みを活かしたコメントや議論は有意義でした。Hazem本人も、自身の描いた研究デザインを完遂すべく、よく調べて進めてくれました。

 それでも難関はありました。一番のそれは、セラミドの免疫組織化学法(免染)による検出。関心ある方は、ちょっと論文を読んでみてほしいです。標的分子セラミドが細胞膜上に局在する脂質なので、抗体との特異的親和性を使って検出するのが極めて難しいのです。
 組織固定のためのホルマリン濃度、固定時間、固定するための組織のpreparationの条件が狭く限定されます。もしどれかでも失敗したら最後、フモニシンB1で合成が抑制されるセラミドの肺組織内での局在を見ることはなかったでしょう。

 免染の技術指導は、博士目指して階段を上がっている小野田から。免染に使う抗体一つにつき、それこそ何十通り以上でも条件検討をしてきた彼の指導を受け、実験の大変さにHazemは涙したこともあったようです。しかし、彼は母国に帰る直前、それこそ2日前くらいだったでしょうか。私はその日出張に出てしまっていたのですが、セラミドの免染が成功するであろう条件を置き土産にしてHazemは日本での留学生活を終えました。このときはネガコンを決め切れなかったものの、その後小野田が免染を仕上げ、私が技術員の沼崎さんと共に定量的RT-PCRを仕上げてこの研究は完成としました。

 研究結果で面白いと思ったのは、主にこの2点です。
 ①顕著な細胞死・炎症や酸化ストレス応答を生じない低用量の大気汚染物質が、セラミド蓄積亢進という応答を誘導していたこと。
 ②そしてそのセラミドは、皮膚のアレルギーなんかでは重要な役割を担っていると知られているのだが、細気管支上皮細胞でも発現亢進が起こるのだということ。

 このセラミド亢進の意義について、傷害を受けた細胞をアポトーシスしやすい方向に誘導しているんじゃないのというコメントを学会での議論ではもらったのですが、私たちの実験条件ではアポトーシスの増加を認めてはいないので、そこはちょっと分かりません。
 あとまだ分からない技術的な疑問に、論文の査読で受けた「なんで免染に抗セラミドIgMを使ったんだ? 意味分からん」というコメントがありました。査読をしてくれた学術誌にはこの時点でリジェクトされたので、私がこれに答える機会はなかったのですが、答えなければならなかったとして適した答えなんてあるのだろうか、ということです。それはProvider/Manufacturerに訊いてくれって感じです。こちらはちゃんと、二次抗体にビオチン化抗IgM抗体を使ってるのですから、方法としてそれで良いじゃん、ではいけないのでしょうか。(たしかにこの標的分子に対し、モノクローナIgM抗体しか作れずにIgGのない理由は知りたいですが。) もしかして、その査読者が免染といえばIgG抗体しか使えないと思っていただけ?(私が何かを勘違い/見落として誤解していたら申し訳ないです。)

 何はともあれ、苦労もしながらひと区切りをつけた研究を世に出せるのは嬉しいことです。母国に戻った後、2015年3月2016年1月セミナーをYasserと開催するなどして私たちを迎えてくれた彼の、研究者・教員としての益々の成功を願って、今回の論文アクセプトのお祝いとしたいと思います。


 Feeling refreeeeeshed!!
(Photo @Yamanashi in Aug 2014)

 ※2016年6月18日現在、PubMedで「diesel exhaust ceramide」と検索した結果は "No item found"。正直達成感あるよね。

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  Hazem M Shaheen, Atsuto Onoda, Yusuke Shinkai, Masayuki Nakamura, Ashraf El-Ghoneimy, Yasser El-Sayed, Ken Takeda, Masakazu Umezawa:
  The ceramide inhibitor fumonisin B1 mitigates the pulmonary effects of low-dose diesel exhaust inhalation in mice.
  Ecotoxicology and Environmental Safety, 132: 390-396 (accepted on June 17, 2016) [PubMed]

【留学生来たる】事前準備から入国・滞在開始まで(2014)(2014年3月)
●彼らと行った「初めての大相撲観戦@両国国技館」(2014年5月)
彼らと行った研究室旅行・山梨(2014年8月)
My Farewell to Ashraf & Hazem(2014年9月)
他国の大学の研究者と共著論文発表(2014年11月)