シンポジウム備忘録-危険(脱法)ドラッグの正体と問題・対策

 2016年5月17日、日本学術会議トキシコロジー分科会のシンポジウム「危険ドラッグの正体,現状と今後」にスタッフとして参加していました。

 なんというか、すごかったです。中毒患者を臨床現場から見た生々しい話が。当日は、問題点を整理した上で対策まで共有され、議論されました。問題の重要な部分でも、報道を表面的にさらっているだけでは知り得なかった点も多く、考えさせられることが多かったです。



 危険ドラッグの問題は一時的に発生が急増し、車の暴走事件の原因にもなっていると社会問題になったものです。健康被害二次被害(車の暴走による事故とか)を減らすためには何が足りなくて、何が必要なのかについて、私の印象に残った点をザッと並べておきます。
 (※記述には私の解釈が入っていますので、より精度・確度の高い情報は原典に近い資料をお調べください。)

 ①危険ドラッグって何?
 法律によって規制されている一部の薬物に対し、法律による規制がないであろう代替の薬物。英語ではlegal highと呼ばれる。

 ②脱法ドラッグの呼称の経緯
 1995年頃より繁華街の店舗などで「合法ドラッグ」が販売されるようになった。同年1月の『週刊ポスト』で、ハーブが配合された商品や、スマートドラッグとかラッシュとか呼ばれるものが取り上げられている。
 「合法ドラッグ」という呼称は2000年半ばまで使われたが、その後、行政側から脱法ドラッグという用語が用意される。これは、東京都による買い上げ調査によって当該商品に医薬品成分が含まれることが判明したため。規制された薬物ではないと標榜している薬物であっても、規制薬物(つまり医薬品)を含む場合もあることを踏まえ、新たな定義づけがされた。

 ③危険ドラッグ供給の背景
 2012年以降に脱法ドラッグの主な成分(合成カンナビノイド、合成カチノン)が、化学構造群として指定薬物(*)として規制(包括指定)された後、違法なものは避けたいという “消費者心理” に潜り込んで出回ったのが危険ドラッグ。
 その正体は、とにかく規制された成分を含まなくて「効けば」良いと化学構造が少し変えられただけものであり、結果的に体への有害性(毒性、致死性、後遺症)の強いものが多く含まれていた。

 (*)なお、薬事法により中枢作用・幻覚作用を起こすものが「指定薬物」として規制されることになったのは2006年~(指定薬物制度)。2012~13年の包括指定は、2011年頃から急増した「脱法ハーブ」による自動車事故(暴走事件)に対応すべくとられた措置であった。

 ④危険ドラッグの問題1: 粗悪な品質
 とにかく規制された成分を含まなければ良いという状態だった危険ドラッグは、その中身もまったくバラバラで大きなリスクを孕むものであった。

 ⑤危険ドラッグの問題2: 極めて高い依存性
 危険ドラッグは毒性が強かったが、一方で使った後に激烈に苦しい急性症状を認識した人でも、時間が経つと再びそれを使用し死に至る例もあった。急性の中枢神経症状が落ち着くとかすかに記憶が残っており、重度の身体症状を抱えつつ恐怖に怯えるが、それでも乱用をやめられず死に至るケースなど。

 ⑥危険ドラッグの問題3: 極めて高い毒性
 危険ドラッグの急性症状には侵食性食道炎といった、他の薬物で見られないようなものがあった。薬物というよりもはや毒物。

 ⑦なぜ危険ドラッグが「必要」だったのか
 快楽を求めるためでなく、苦痛から逃れるために患者/中毒者はこれを求めたという側面がある。苦しくメンタルヘルスを保てない人が使ってしまうという側面。刑務所に入れるのでなく、治療をするという観点が必要ではないか。

 ⑧患者/中毒者を救うために何が必要か
 日本は規制・取締が厳しく、それによる一定の効果もあるのは事実だが、薬物中毒者の社会復帰を支える環境があまりに乏しい。一時期中毒から脱したかに見えた患者が、社会復帰の途上で再び薬物を使ってしまうという生々しい現場が、回復支援の環境の必要性を示している。薬物を禁止するという押さえつけだけでなく、中毒を治療するという姿勢・対策がやはり必要である。

 ⇒ 松本・今村「いわゆる「脱法ハーブ」乱用者の実態、心理的社会的・精神医学的特徴、ならびにその治療法に関する包括的研究」(2014)・・・“脱法ハーブ乱用・依存患者では、薬物乱用を開始する以前に精神科治療を受けた既往を持つ者が多かった”
 ⇒ 松本「薬物依存症 地域支援に何が必要か」(NHK視点・論点、2014年11月5日)・・・SMARPP(せりがや覚せい剤依存再発防止プログラム@神奈川県立精神医療センター)の紹介も。

 ⑨未解決の大きな問題: 処方薬の乱用
 睡眠薬(一般薬を含む)、抗不安薬、鎮静薬、鎮痛薬の乱用の現状はどうか。医師や薬剤師が真摯に考えて向き合わないと。

 ⑩研究レベルで必要なことは何か
 新しい薬物の中毒患者が現れたときに、すぐに治療法があるとは限らない。社会で問題となった新たな薬物に対する効果的な治療を行うためにこそ、未知の薬物を分析し、その作用機序をスクリーニングできる方法が活用されなければいけなかったはず。だが現実は?

 あと個人的に、(危険ドラッグに限らず)車の暴走事故の防止に向け、自動運転装置の設置とあわせて、運転者の意識状態によって車が走れないようなシステムの設計・実装がされるといいんじゃないかと思いました。自動運転の補助として運転手の目と判断はこれからも必要であるとして、その運転手の意識状態をモニターしてエンジンと連動する仕組みがあれば、飲酒運転、居眠り運転、過労・疾病による判断力低下、そしてドラッグなんかによる危険運転を一括して減らせるんじゃないかと。
 (ただし、危険ドラッグの場合は意識障害でなく、発作的な筋硬直・無動によると見られる暴走事件があったようです。)

 とにかく、未来ある人が薬物使用に巻き込まれたり、暴走車両に突っ込まれたりして突然人生を狂わされないように。そして、社会復帰したい人ができるように。対策を行政に近い立場で指揮する人には、そのあたりを考えてほしいと心から思うところです。

●後日参考記事追記:
 「依存性」切り離せず、麻薬と紙一重のオピオイド鎮痛剤(薬にまつわるエトセトラ第21回、佐藤健太郎さん、2016年7月1日)
 「よく効くクスリ」の功罪 ”処方薬依存”はなぜ起きる?(市川衛さん、2016年10月15日)