PM2.5-健康影響の懸念と数値解釈の注意点

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 先日Twitterにも一部書きましたが、最近改めて問題になっているPM2.5について、数値を見るときに気をつけた方がいいと思う点を挙げておきます。
 私がはじめに注意点として挙げるのは、次の4つです。

 手元にある数値(濃度)データが、
① 時間平均値なのか、日平均値なのか、年平均値なのか
② 基準値と比べてどのレベルか、他の時期の数値と比べてどのレベルか
③ 地表からどの高さについてのものなのか
④ あくまで質量濃度であること

 (↓詳細)

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① 一時点での値なのか、日平均値なのか、年平均値なのか
 大気中のPM2.5浮遊粒子状物質(SPM)濃度は、通常でも日内変動が大きいものです。時間帯(産業活動に伴い変化する)や季節、気象状況によっても変わります。そのため、PM2.5の環境基準値も日平均と年平均の2つが設定されています。
 実際に環境省の監視システムの公表値を見ると、SPM(PM2.5を含む大気中の粒子状物質の総称)の濃度は、一日のうちでも時間ごとに大きく変動することがあるのが分かります。
(最近、この速報ページはアクセス集中でつながりにくくなっているようですが。)
 そのため、PM2.5が同じ「20 μg/m3」でもそれがある一時間だけその濃度であるのと、一日平均としてその濃度であるのとではまったく意味が違うのです。PM2.5濃度の数値(μg/m3)を見たときに、それが一時点での値なのか、日平均なのか、年平均値なのかに注意しましょう。

② 基準値と比べてどのレベルか、他の時期の数値と比べてどのレベルか
 簡単に言うと、「増えているのか、増えてないのか」ということです。今の話題で言えば、2013年1月初旬以前とどの程度の差があるのか、例年・前年の同季節の値と比べるとどうなのか、ということがもっと確認される必要があります。
 なお、私はデータを細かく確認していませんが、大気中のPM2.5やSPM濃度には地域差もあります。そのため、現在のある一地点と過去の他の測定点とのデータを比較しても、一時的な発生源の特定はできないと思われます。

③ 地表からどの高さについてのものなのか
 とくに拡散シミュレーションでの濃度のデータを見るときの注意点です。その値が、地表からどの高さでの濃度を表しているのかに注意しましょう。健康影響を考えたときに、私たちは普段、地表から1000m離れた空気を吸うわけではないのです。上空でのPM2.5やSPM濃度と地表近くの濃度とどのような相関があるのかについて、もっと検証がなされるべきではないでしょうか。
 なお、環境省の監視システムでの速報・公表値は、地上高1.5mで測定されたものです。

 ※2013年9月18日追記: 「後方流跡線」という、大気の塊(気塊)がどのように流れてきたかを広範囲で解析できる手法を用いると、PM2.5の発生源からの移動と濃度(及び成分組成)の実測値との間に、ある程度相関する結果が得られるようです。地上での細かい滞留などは予測できないと思われますが、“上空の” 大気の流れからある程度は “地表近くの” PM2.5やSPMの濃度を推測することはできるのですね。

④ あくまで質量濃度であること
 私は以前にも、PM2.5より小さな超微小粒子(“PM0.1” とも表現されるナノサイズの粒子)の健康影響の研究について紹介してきました。
 粒子の健康影響は、粒子表面での反応が重要であるとされています
Lynch et al. Sci STKE, 2006; Nel et al. Science 311: 622-627, 2006)。ここで、ナノサイズの粒子について注意が必要な理由の一つは、この粒子は小さいために「質量が小さくても、表面積が比較的大きい」ことです。
 そのため、大気中のナノサイズの粒子を管理するためには、「質量濃度」ではなくその表面積をも反映する「個数濃度」のモニターが必要であるとも言われます。ただし、大気中の粒子を、質量濃度ではなく個数濃度でモニターするためには新しい機器の導入が必要で、コストがかかります。そのため、全国各地で大気中粒子の個数濃度もあわせてモニターするというのは、すぐにできることではありません。

 他にも、気になることが挙がってきたら追記します。


 U-runnerの関連エントリ
 ●PM2.5注意喚起時に取れる対応(2013年2月28日)
 ●岩波『科学』4月号にPM2.5の特集(2013年4月5日)
 ●PM2.5-成分解析の今とその意味(2013年9月20日
 ●『市民研通信』2013年4月号に「ナノ粒子の健康リスク」(2013年4月16日)

 日本薬学会環境・衛生部会トピックス
 ●大気中の微小粒子(PM2.5)とナノ粒子の健康リスク(2013年12月13日)
 PM2.5の健康影響の疫学的知見から、PM2.5の中でもとくに小さいナノ粒子の生体影響の特徴(次世代影響)、この課題に学術・学界が果たすべき役割までを解説しました。

 その他の関連エントリ・記事
 ●PM2.5の基礎情報:その定義と発生源と環境中濃度と健康影響と基準値と…(林岳彦氏、2013年1月18日)
 ●日本国内での最近のPM2.5高濃度現象について(お知らせ)(国立環境研、2013年2月21日)
 ●越境大気汚染の実像に迫る(金谷有剛氏、月刊『化学』2013年3月号pp.23-28、化学同人