がんの免疫療法とがん研究と臨床薬剤師

 「がんにおける免疫病態」、そう聞いて私の頭に一番に思いつくのは、がんの病変の成長はたしかに免疫機構とのせめぎ合いだよな、ということです。少しでも自分でがんの研究をアレンジしようとしたことのある人なら、「がん細胞が体内にあるだけ」では全然病変にならないことを実感したことがあるでしょう。
 がんの研究でよく使われる担がんのモデル動物を準備しようとするとき、がん細胞が弱っていると免疫機能が多少落ちていても、がん病変ができないということが起こります。固形がんでいえば、細胞が弱っている場合に病変としてそれが生着しないのです。

 通常の免疫機能を持った体にがん細胞が少しくらい生まれても、それががん病変を作ることはまずありません。また、免疫機能の落ちた体に一度がん細胞が数千、数万個くらい入り込んだ場合でも、がん細胞の元気(増殖能)が下がっていると数日程度でその細胞は消えてしまいます。がん細胞が「元気な」状態である程度の数が体内に発生し、かつその増殖を免疫機構が除去できない場合にだけがん病変ができ上がるのです。

 そう考えるとおそらく、元気極まりない(と思われる)私の体内にも、がん化しかけた細胞は1コや2コでなくそれ以上の数、いつも存在しているのだろうと思います。そして体内ではいつも、免疫機構ががん細胞の増殖能とも戦っていると言える状況なのかもしれません。

 免疫機構というバケツのような受け皿でがん細胞を除去できている間は、体内にがん細胞は「見かけ」一切ないように見えます。しかし、その機構でがん細胞を処理し切れなくなったときに、バケツから水が一気に溢れるようにがん細胞が出てきて病変を作るというような。そんなイメージを、がんに対する研究と向き合うときには頭の片隅に置いておきたいと思っているところです。(それが正しいかどうかは分かりませんが。)
 実際に今のがん治療の研究は、がん細胞を除去できる免疫機構をどう活性化したりサポートしたりできるか、一方のがん細胞を「元気」な状態にする微小環境をどう解消できるか、といった視点で進められているのだろうと思います。

 さて、日本薬学会誌『ファルマシア』2017年1月号に特集「躍進するがん免疫療法」が組まれていました。がん治療の現場では、病巣切除の次が「まず抗がん剤ありき」から「抗がん剤治療に先んじてがん免疫療法」にと今まさに転換中である、という大野忠夫氏(セルメディシン社長)の言葉が冒頭で紹介されています。しかし、そのがん免疫療法は、がん治療医でもごく一部の専門医しかまだ理解していない状況で、まして、処方をチェックする薬剤師はどうか。

ファルマシア2017年1月号 特集「躍進するがん免疫療法」(日本薬学会)

 疾病の薬物治療の現場では、既知の情報を武器にして未知の現象とどう向き合うか。それを薬剤師は問われているのだということが改めて明示されていると思います。全国の大学薬学部が、そんな薬剤師を輩出できるよう発展しているかは、……

 今まさにその場で学んでいる在学生自身に考えてもらいたいと思います。