専門知を活かす表・現・力みなぎる学位論文の書き方

 今年度も、共に研究を進めてきた大学院生が修士論文を書き、学位審査のための提出を1月中に終えました。私は、私自身と大学院生との関係を「指導する・される」ものであるとは考えていません(*注1)。が、それでも彼ら自身がレポート(論文)を作成するときの、私への依存度が大きく下がったと実感するとき、それは誇りに思いたいと思います。


 提出した日の次の朝は、雪でした。

 関わってきた分野の専門知識について、修了間近の大学院生に私から伝えたいことは多くありません。以下に書くのは、専門が違っても活かせる表現力に関わる部分、それについて、学生の修士論文を見て複数回気になってきた点です。
 手元のデータをどう捉え、どう解釈するか。このアイディアを引っ張り出してくる過程について、修了間際の彼らに何か伝えたいと思うことも、もうほとんどありません。ただし、そこから 「そのインパクトと限界をどのように整理するのか」。どうしたらそれを、他者に理解され、受け入れてもらえる・もしくは検証してもらえる形に表せるのか。ここが、修士課程修了生に対して私が伝える、最後から二番目
(*注2) に確認したいプロセスかなぁと思います。

 ここではこの「表す」過程に関して、研究発表に少し慣れてきた修士学生がレポート(論文)を書くときに陥りやすいこと。それを、いくつかまとめて並べておきたいと思います。
 基本的なことばかりではないかと、驚かれるかもしれません。でも、専門性をある程度十分に手に入れたとき、次に勝負になってくるのはここなのだということを、私はあえて強調したいと思います。

●それ、省略していいの?
 -頻出する主語や目的語の落とし穴-

 例えば、論文でよく出てくる「○○○は△△△の□□□に対する効果を示した」という文。一つのことをテーマにして論文を書いていると、だんだん、述べているのが何の効果なのか(△△△:例えば、薬候補のどの化合物の効果なのか)とか、何に対する効果なのか(□□□:例えば、脳なのか肝臓なのか)とかいうことが当たり前に思えてしまい、書き忘れてしまうことがあるようです。
 連続した節や文を同じ形で書く場合には、これらを省略して良いことがたしかにあります。しかし、並列の関係にある節や文がとくにない場合や、パラグラフが変わった場合には、主語や目的語などの要素を省略できません。省略してもたしかに、自分では分かる気になれるかもしれません。が、読んだ人が分からなければ意味がありません。ご注意を。

●語の係り受け
 「○○は」「○○が」の受ける語がズレてはいないか。「◇◇した」なのか「◇◇された」なのか。「~~において」もしくは「~~により」何なのか。「◆◆した」なのか「◆◆である」なのか。限られた時間で文を急ぎ書き進めていると、一つの文の中の語のつながりが変になってしまうことがあるようです。
___
・***を投与すると、@@@が起こる。→OK
・***の投与は、@@@を起こす。→OK
(×: ***を投与すると、@@@を起こす。→何がそれを起こすの?)
 ̄ ̄ ̄
 ものの名前(名詞)や何が起こったか(動詞)を並べて満足せずに、それらをつなぐ語に注意を払えることで、「誤解なく効率的に、自分の考えを他者に伝える技術」を見直す。論文を書くということを、最低限そんな機会にしてもらいたいと思います。
 (※ 私の論文作成チェックリスト(2013)の冒頭、「理解できる英文を作る」ともつながる内容です。)

●統一感のある文書を作ろう
 内容に関わらないつまらない話ですが、本文中で不規則に行間が変わったり、インデントが変わったり、フォントサイズやフォントの種類が変わっていたりすると、何でこうなったのだろう? と思います。別にいいのですが、でも、普通に文章を書き切っていたら起こらないはずなんですよね。
 とはいえ、すでに書いていた別ファイルから、書式情報の入ったテキストをコピー・貼り付け操作で文字を入れることもあると思います。このときに、必ず前後と書式を一致させること。パラグラフを超える単位で貼り付けた場合には、各パラグラフの書式(行間やインデント)を確認すること。これをするだけで、文章のほんの一部だけ書式が変わっているという非統一感も、それを避けるために最後にチェックをするという手間も、避けることができるはずです。

 また、記号(括弧、カンマ、セミコロン等々…)の半角・全角の使い分けや、算用数字と漢数字の使い分け、スペースをどこに入れるか、何をカタカナで示して何をアルファベット表記するかなどについても同様です。よく使うものの使い分けに注意を払っていれば、あとでつまらないカッコ悪さを避けることも
(いや、内容を決定的に左右するものでないので、本当に別にいいんですけど)、それを確認する手間も大きく省ぶこともできるはずです。
 そうやって「いつどこに意識を置くか」ということが、このことも実現できるかどうかに関わってくるんだと思っています。⇒「“20時間分”の仕事を2時間でこなす

 ほか、箇条書きで。

●日本語にない語を作って安心しない(他言語の機械的翻訳?)
●その「その」「この」「それらの」の指すものは明確か
●手段を表す「~で」 → 「~を用いて/~により」
●原因を表す「~で」 → 「~により」
●理由を表す「~で」 → 「~のために」
●並列されたその内容は、並列できるものか
 例)「+++及び***」 「+++だけでなく***も」
●不要な接続詞(「また」「一方で」…)を使っていないか
●「同様に」というなら、「何と」同様なのかを明確に
PubMedで、Journal名の右に並ぶ情報の意味くらい、完璧に理解して

●こちらも参考に↓
論文 "Introduction" の書き方(2014年4月20日
卒業論文(学位論文)の書き方-2(2014年1月7日)


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 (*注1: 私もこのエントリを、自分は果たしてできているか? と自戒の気持ちを込めて書いています。)
 (*注2: なお、私が修了生に伝えたくて、かつとにかく最後に手にしておいてほしいことは、「自分で考えること、自分なりに考えることが、こんなに・やっぱり・めっちゃ楽しいでしょ」ってことです。)