私なりの大学院早期修了の「必要」条件

 「どうしたら大学院博士課程を早期修了できるでしょうか?」と、これまでに10回以上は聞かれたでしょうか。

 はっきり言えば、聞かないと分からないのであれば早期修了などしない方がいいでしょう。ですが、この問いに対する答えは、大学院の修了に限らず研究をうまく進めていく上で助けになることもあるかもしれません。

 というわけで、冒頭の問いに対する私なりの答えを、ここに書いてみたいと思います。

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 と思いましたが、その前に。

 まず、その答えは「トップジャーナルに論文を発表できたから」ではない(たとえ筆頭著者であったとしても!)と思っています。つまり、それは決して十分条件ではないと。
 なぜなら、いくら “トップジャーナル” と言えど、そこへ1つの論文が掲載されたことは、その後に至るまでのその人の、研究者としての素質を保証できるものではまったくない(と、少なくとも私は思う)ためです。

 これは、「研究者の評価は決して論文だけでないこと」と同義であるとも言えると思います。

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 それでは、前置きはほどほどにして私なりの答えを。端的に言えば、次の3つのすべてを満たすことが必要条件(十分条件ではありません!)と考えています。

①論文10報以上を発表していること
②そのうち最低1本は総説であること
③ある程度以上の規模の研究プロジェクトを動かせること

 ①の10報というのは、小さなものまで含めた数で構わないと思います。ただし、学会発表プロシーディングは除くべきでしょう。
 そもそも研究者には、「自分はこんなビジョンを持って研究を進めている」と自分の言葉で説明し「続け」られる力、そしてそれをアップデートし「続け」られる力が必要です。そのためには、ある程度の量(もちろん質も)の論文が実績として必要であろうと思うのです。早期修了となれば、求められる実績もなおさらです。

 ①が結果での評価とすると、②はそこまでの過程も反映したものと言えるものです。というのは、総説を書けるという状況は、自身の知識が複数の論文を書いて “なおあまりにも余りある” 状態であり、それを整理・精査・表現する力も持っている、ということが必要になるためです。
 そもそも総説の執筆依頼が来るときには、その分野の解決している範囲とそうでない範囲とを明確に区別することを求められています。良い総説を発表できる人は、純粋にそれに応える力を備えていると言うことができるでしょう。

 ③については、まだ私なりの考えがまとまっていない部分もあるのですが。
 おおよそのことを言うと、[“免除”される学費]+[早期修了で手にする給与]の半分くらいは(大学の評価につながるような)研究活動で、残りの半分くらいは研究プロジェクトの間接経費で、自らが還元できる状態であるべきかな、と思います。もちろん、プロジェクトを若手研究者が一人で取りまとめるということはほぼあり得ませんが、自身がそれなりの貢献をしていると言えないようでは悲しい限りです。
 この③は、実際に私が早期修了した後でいろいろな人のお話を聞く中で、考えるようになりました。私自身も、民間との共同研究をさせて頂いていたことが、博士課程学生だった当時も早期修了の大きな動機の一つでした。学生の身分でない方が大学外との共同研究をしやすいことは、その身分を “解かれる” 大きな一要因にはなり得るでしょう。

 ①②については、私の博士課程修了直後に書かせて頂いていました(→こちらの記事で)。この自分の考えは、今後様々な大学院生を見てどう変わるか、少し楽しみにしているところでもあります。
 ちなみに、私が早期修了を現実にあるものとして意識し始めたのは、博士課程1年目を終える頃のことです。…と覚えてはいませんでしたが、先ほどの記事の元原稿でそう書いていました。

 そうだよね。と、他人事のように思いました。

 実際には、大学院の修了も結果の一つでしかなく、大学院生にとって大切なのは「修了」と向き合うことではありません。大切なのは、修了が認められるべく「研究そのもの」とどう向き合い “続け” るか、ということに違いないのです。

 そんなことを考えながら、有為な後輩が 「自分なりに」 研究と向き合い切ってくれるのを見てみたいな、とも思うことのある今日この頃です。

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 なお、ここでは早期修了のことについて書きましたが、決して大学院を早く修了することが無条件に素晴らしいわけではありません。
 逆に、標準年限を超えて大学院に在籍し、研究だけと向き合っていたらできなかったであろう経験を踏み、大変な成長の後に晴れて大学院を修了した知人が私にも複数いることを、末筆ながら付記しておきます。

 

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