大学院教育の質保証@コペンハーゲン大学

 今週、東京理科大学(神楽坂)で開かれたFDセミナーに参加してきました。内容は、コペンハーゲン大学の博士課程に在籍されている吉田実久さんによる、「大学での教授法と教育の質保証」。海の向こうの博士課程でどのような教育が行われているのか、とても勉強になるセミナーでした。



 初めに断らなくてはいけないのは、コペンハーゲン大学での博士課程学生のほとんどは、

・大学に雇用されており、
・学生に対する教育義務を果たしながら、
・研究プロジェクトに参画する

という立場にあるということ。逆につまり、デンマークという国は「次代を担うための教育を受ける若者に対し、研究プロジェクトへの参画という形で雇用しながら教育義務を課し、国から給与を支払う」という形をとっているということです。(デンマークには総合大学が8つあり、すべて国立大学とのことです。)
 また、多くの学生を授業料無料で入れ
(*1)、教育の機会を提供しているという点とあわせ、「教育」に対する意識が日本と大きく異なる地域と言えると思います(*2)

 (*1) 北欧で一般的。ただし、EUからの学生に限る。
 (*2) セミナー中、話の端々にデンマークは「教育」に対して「手厚い」という印象を強く受けました。これは、例えば月給48万円の人が、その約半分の23万円の税金を天引きで納める(!)、という負担で成り立っているのでしょう。教育環境の整備に対する社会の合意形成などの違いも、日本との大学院博士課程の内容の違いの背景にあるのだろうと思います。

 そこの博士課程は、研究成果を挙げて論文発表することに加え、大学のカリキュラム(プログラム)による「単位修得」をしないと修了できないそうです。これは、「大学院に進学してまで座学で教育なんてあり得ない」などという声も少なからず聞く日本とは、大きな違いであろうと思います。

 その課程での「単位修得」に、相応の時間をとられる(かける必要がある)ことは事実です。実際に、課程修了のために費やす時間は最低「約900時間」とのこと。集中講義で1週間に40時間こなすとしても、22週間(半年)かかる計算です。
 専門分野の中での実践(研究)の時間を、そのぶん減らす中で研究成果を挙げることを求められることも確かです。デンマークの博士課程学生は一般に、課程の3年間のうち半年を科目履修に、半年を教育に、残りの2年間を研究に使うのだそうです。

 では、その「計半年間」の履修で何を学ぶのか。

 まず、「RCR (Responsible Conduct of Research)」という科目で、研究規範を体系的に学ぶ機会を与えられているそうです。これは素晴らしい! 日本でもこれは、もっと時間を割いてカリキュラム化すべきと思います。この規範は、「分かる研究者が分かれば良い」内容でなく、「研究者がすべて理解しなくてはならない」ものであり、「一つの逸脱が周辺の多くの信頼を落とす」ことにもつながることであるからです。


コペンハーゲン大学理学研究科のコース――ここにRCRのシラバス概要へのリンクもあります。

 しかし、これを日本国内で体系的に教えられる人は少ないでしょう。講師の吉田氏によると、コペンハーゲン大学ではこの基礎を、「薬学の研究者と哲学者が連携して作った」とのこと。日本ではまだ数例に過ぎない連携が、この問題を解決するような変革には必要なのかもしれません。

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 次いで、コペンハーゲンの大学院ではワークショップ形式のプログラムが、博士課程にあるそうです。そのプログラムで、「議論する力」や「自分で考える力」、「セルフ・マネジメントのための力」が養成されているようです。

 多少の疑問は湧きました。それって、「大学院」で「カリキュラム」として提供されなくてはならないものなのか? 研究プロジェクトや、その他の大学のプロジェクト活動の中で、深く「実践」に関わりながらフィードバックを受けた方が、学びは大きいのではないだろうか? と。

 しかし。

 実際にこの課程を経験した講師の吉田氏が、何を感じているか。「意義」「必要性」、「カリキュラムになくてはならないか」ということについて、どう感じているかを訊いてみました。そして答えは、

 ★プログラムの目的は、ここで「自分で考える力」などを新しくを学ぶのではなく、「普段の研究活動を通して何を学んでいるのか」を可視化(“見える化”)することにある
 ★このプログラムは「何を学んでいるのか」を言語化させ、それを自ら発し、「アピールできる」ようになるために重要な役割を果たしている

 (※ご本人の意図を汲みながら、私なりの表現に変えてあります。)

とのこと。つまり、「実践を振り返って実にする」機会(仕掛け)が、大学院博士課程の中に組み込まれているということなんですね。

 なるほど、と思いました。こういうものは「学生に最低限何を身に付けて」、というより「気づいて」ほしいかというビジョン無しにはできませんが。教育(課程)の質保証という意味で、実践を振り返って実にする仕掛けというのは、確かにうまく作れると良いのだろうと感じました。

 すでに教員である私にとっては、実践に活かせる気づきが多々あり、いくつか仕事を投げ打ってでも来た甲斐があったと思えるセミナーでした。

 以前の関連エントリ・記事
大学院生の教育環境とキャリアパスを「ガチ議論」(2014年8月29日)
リーダーシップで広がる若手研究者の可能性(羊土社『実験医学』、2011)