研究倫理。それは研究者にとって、理解して実践しなければいけない問題です。「自分は大丈夫」と言える常識と良心があれば良いという問題でありません。自分の手元で出たデータに限らず、共同研究者が見せる筋にも、批判的に見るプロセスが常に必要と言わないまでも、しっかりと評価できる目を持つ必要があります。
そしてそれは、「目を持つ」という概念的なものでなくて、体系的な知識として知っておかなければいけない問題です。というと、それは大学院で教えている、とコメントをするところもありますが、教えていれば良いという問題でもありません。最後に問われるのは実践です。
論文の原稿執筆のケースでは、日本の学生以上に、英語を多少はできる他国の共同研究者に注意の必要な場面があるかもしれません。
日本の学生が持ってくる英文はだいたいツッコミどころが満載なので、嫌でも推敲の中でブラッシュアップされていきます。一方で、英語が多少できてしまう共同研究者と原稿を書いていると、先方が書いてきた原稿にときに、ある部分(一段落とか、数文とか)だけやたらときれいな、分野の肝を押さえたような表現が来ることがあります。私が経験したのは、投稿までまだかなり距離のあるメモ書き程度での話ですが。内容を詰めていく中で調べてみたら、その部分が他の論文の表現をまるごと借用(と言えば許されそうですが、つまりは盗用ということです)していることがあります(*1)。
そういうケースではだいたい、前後の部分との構成的なつながりが不十分だったり、参考文献の引き方の様子が普段と若干違ったりということがほとんどなのですが。とにかくそれが、その文を書いたのが誰であるかを読者に誤解させるものであれば問題です。
(*1: もちろん、その人も自身の素晴らしいアイディアや考察を構成し、表現してくることの方が多いですけれど。)
そういったことに気づいて、本当に恐いという思うことは少なくありません。上に挙げたケースでも、共同研究者は悪気があってやっているわけでないことも重々確認していますし(もし本人が盗用と自己認識してやっていたら、とっくに縁は切っています)。レポート作成・論文執筆指導は容易でないと感じる毎日です。
個人的には、どんなにラフなドラフトであっても、他から文の単位で借用することは自他に許しません。そもそも自身のロジックを、他にすでにある文章で表現できる可能性があるんじゃないかという、その魂胆こそが、言葉を選ばずに言えば気に入りません(!)。
ついでに言うと、「うちは学生にちゃんと教えているから大丈夫」という性格の教授(に限らず、研究者)は、少なくとも信用しすぎないようにしています。教えているかどうかよりも、目の前のデータや文章をどこまで正確に、迅速に確認できるか、それを「実践」しているかの方がずっと大切ですから。そして、慢心と過信は実践の妨げになるものですから。
また、研究者は自分がどんな立場であろうとも、自身の仮説よりも学生や共同研究者の持ってくるデータが常に勝っている可能性を検討できること。そのスタンスを、周りに例外なく示すことができること。そんなことも、活発で自由な議論を生み出すために重要だろうと思っています。
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つい先ほど、研究倫理のe-learningを受講していて、そんなことを考えていました。受けたのは、文部科学省の指定教材「CITI Japanプロジェクト」のプログラムです。
研究を実施する上でのルールを明確には定義し得ないこと、すなわち、このルールが具体的でなく概念的にならざるを得ない部分は、この教材でも否定していません。というより、少なくとも今はそれを否定できません。
初めに共通して持つべき価値観は、教材中の言葉を借りますが「正直さ」「正確さ」「効果的に」「客観的に」。そして、結果の公表は「中立性・客観性」をもって「検証可能」な形で行われる必要があるとも。これはすなわち、「検証を可能にするための記録」をしっかりと保存していないことが、研究不正の手前の「問題ある研究行為」であることにもつながります。
●科学者の行動規範(PDF、日本学術会議声明、2013年)
●研究活動の不正行為に関する特別委員会報告書(文部科学省、2006年)
加えて、研究はやみくもに繰り返して再現性を取ればいいというものではないことも。研究では効果と誤差を予測してサンプルサイズを決めることで、リソースをいかにして効率的・効果的に使うかという点も重要です。この点、臨床研究以外ではあまり語られていないように思うのですが、他の研究でも重要だと思います。
データの扱いが適切でないと、資源が無駄になったり、他の研究を無意味な方向に誘導したり、産学の判断を誤らせたりすることになる。そんなことに加担していたら、笑えないどころの話ではありません。
知っていても実践できなければ意味がないと肝に銘じつつ、先の教材の受講証を保管しておきたいと思います。
●記事紹介「データを正確に解釈するための6つのポイント」(日本分子生物学会特集から)