恐竜のカセキと鉄道のイセキ@北海道


 8月上旬に立ち寄った、宗谷本線で現役の音威子府駅。古くは宗谷本線だけでなく、主要な開拓地だった浜頓別(オホーツク海側)経由の天北線がここから分岐し北上していました。天北線は1989年に廃止になってしまった路線ですが、それにまつわる展示が素晴らしかったです。


 本当は旭川から列車で行く予定だったのが、大雨での河川の増水で列車が止まってしまい、前日に急遽レンタカーを借りての北上(1台空きがあって助かった!)。特急サロベツに乗れなかったのが大変残念でしたが、列車に乗りっぱなしの北上だとこの駅の展示を見られなかったので、今回はこれで良かったと思うことにしています。

 この稚内へは、新千歳から鵡川の穂別、富良野旭川と寄っての旅程。鵡川は“むかわ竜”(カムイサウルス)が見つかった町で、相変わらず恐竜好きな人たちの希望で初めて行ってきました。


 向かったのは鵡川の穂別博物館。公共交通機関で行くのはやや大変な所ですが、レンタカーだと新千歳空港からは1時間半ほどでのアクセス。鵡川に行く鉄道・日高本線は苫小牧から海沿いの町を繋ぐのに対し、車だと山寄りの筋を早来(はやきた)、厚真(あつま)を通って直接穂別に着きます。

 道中でちらっと見えたJR室蘭本線早来駅が、パステルカラー三角屋根の可愛らしいつくりで、かつての賑わいを想像させました。1900年代前半には、山林から木材を運び入れる鉄道が乗り入れもしていたそうです。この苫小牧(沼ノ端)~岩見沢を含む路線は元々石狩炭田が近かったので、苫小牧~札幌を短絡する千歳線(1934年開業)より40年以上早く(1892年)開通していたんですね。


 穂別博物館。むかわ竜(カムイサウルス)目当てに行ったのですが、アンモナイトの展示も豊富で驚きました。


 今は北海道の中央に位置するこの土地が、昔は海だったということですね。一方の福井恐竜の森の方は白亜紀も陸地だったので、アンモナイトが出なかったはず。

 穂別の次には、もう少し先の「富内」には鉄道の廃線跡があるということで寄ってみました。2021年から日高本線の終点になってしまった鵡川から、鉱山の多かった山方面に伸びていた富内線の、かつての主要駅です。


 今は他で見られない昔の車両や、昔のタイプの信号が保存された公園のようになっています。絶対に列車が来ないので線路の上も歩き放題!


なのですが、


旧駅舎の方も、運賃表や手動の警告表示、20年以上前(?)のポスターまで保存されていて、その時代にタイムスリップできるかもと思える雰囲気でした。


 1986年まで鵡川からこの富内を通り、日高町まで伸びていた「富内線」の図。

 私たちは今回、富内から占冠を通って富良野に抜ける旅程でしたが、富内から占冠への道がまさにこの旧富内線の道筋だったようです。北上する途中で、突然現れた振内の鉄道記念館の案内。建物もきれいで思わず立ち寄りました。


 この地域も大正~昭和初期に鉱業で賑わって鉄道が敷かれたことなど、他にも北海道の鉄道の歴史がコンパクトに展示されている記念館です。


 ただ、保存されている車両の外装はだんたんとボロボロに・・・。

 ここで知ったのは、留萌本線は石狩沼田から留萌までが2023年春に廃止されており、路線名に冠する留萌までもう行っていなかったということ・・・。留萌線が留萌に行かないなんて、これからどうなるんだろうと不安にもなってしまいます。


 振内の鉄道記念館にあった「北海道国鉄路線一覧」。100年ほど前との時代の違いを実感してしまいます。稚内方面に向かう道北などは以前、宗谷本線に加えて天北線オホーツク海側)、留萌と幌延を結ぶ羽幌線に複数の支線までありましたが、今は旭川以北は宗谷本線1本ですからね。


 話を音威子府に戻して、こちらは1989年に廃止された天北線の、かつての存在を記念する音威子府駅の展示。

 ちょうどこの2023年夏は宗谷本線の存続も危ないという報道も聞いたところで、できればこれに乗りたかった! しかし、保線が難しくなってきている北海道で天候不順による運休は仕方ないということで、そう遠くない先にまたの機会を持ちたいと思います。

 今回は旭川旭山動物園に寄った後に、本島最北端の稚内を目指しました。(つづく


 これはトナカイの1年を紹介する展示。旭山動物園がたしか、こういった動物の生態の面白い説明を始めた園の1つだったと思いますが、今回もそれを楽しませてもらいました。

鉄道ジャーナル 2024.1月号(成美堂出版)@Amazon