【論文から学ぶ】タンパク質の紫外蛍光から疎水性低分子の吸着特性を読む

 タンパク質の立体構造を分析する方法の一つに、紫外の蛍光スペクトル測定があります。芳香族アミノ酸であるトリプトファンフェニルアラニンチロシンベンゼン環を持ち、紫外光(波長280 nm)を吸収して紫外の蛍光(340 nm付近)を発するので、その蛍光強度やピーク波長から疎水ドメインの微小環境の変化を読み取ろうとする方法です。

 これはつまり、芳香族アミノ酸残基周囲の微小環境への分子の侵入や吸着が、紫外の分光的特性に影響を及ぼすということ。その現象は原理的に理解するのは難しくありません。しかし一方で、ではその変化から具体的にどんな現象を読み取れるのかは初めはイメージし切れずにいたのですが、最新の研究論文にも実例として参考になるものがちらほら見つかります。

f:id:umerunner:20211203172648j:plain
(左)異なる濃度 (a→g) で低分子化合物を結合させたアルブミンの紫外蛍光スペクトル。その低分子自体 (h) には蛍光がないことも示している。(右)低分子の仕込み濃度と蛍光強度変化との関係を示したStern-Volmerプロット。Adapted with permission from Z. Suo et al., Mol. Pharm. 2018, 15(12), 5637–5645. Copyright 2018 American Chemical Society.

 吸着する分子の濃度 (C) を振ってタンパク質と混合してみて、その濃度 (C) ごとに紫外の蛍光強度の変化率 (F/F0) を分析する。そして、後者の逆数 (F0/F) を分子濃度 (C) に対してプロットし、両者の関係性を図示する(Stern−Volmerプロット)。それによって、吸着量が共存分子の濃度に対して直線の関係になるのか、どの濃度範囲で吸着が飽和するのか、タンパク質に低分子が吸着しやすい条件は何かなどを読み取ることができるということですね

f:id:umerunner:20211203172743j:plain
 スペクトル変化(左)から得たStern-Volmerプロット(右)で、異なるタンパク質に対するある低分子化合物の吸着のしやすさを比較した例(Adapted with permission from C. N. Nassab et al., J. Phys. Chem. B 2021, 125(28), 7750–7762. Copyright 2021 American Chemical Society.)ただし本文を読む限り、この論文中 Fig. 11 の説明文で "Lys" と HSA" が逆になってしまっていると思われます。

 なお、吸着する低分子によってはそれ自体が紫外光を吸収する場合があり、その場合にはタンパク質への吸着が蛍光強度の変化に大きめに乗ってしまうことになります。なので、ある低分子がどういう条件でタンパク質に吸着しやすいのかしにくいのか、ということの検証には使える一方で、異なる低分子の吸着性の比較にそのままでは使えないことに注意が必要そうです。

f:id:umerunner:20211203173125j:plain
 Reprinted with permission from C. N. Nassab et al., J. Phys. Chem. B 2021, 125(28), 7750–7762. Copyright 2021 American Chemical Society. こんな絵を手元のデータからも描いてみたいものです。

 様々な環境下でのタンパク質の性質をもっと知るために、先人たちが示してきてくれた知見を他にもよく理解していきたいものです。

●この辺も参考に
蛍光スペクトルによるリゾチームの熱変性評価(日本分光株式会社)
高圧蛍光実験からタンパク質の“隠れた構造”を探る(日本生物物理学会
蛍光分光法—蛍光性を示す分子や物質の種類など(株式会社堀場製作所