『将棋の渡辺くん』全巻買っちゃった!

 この単行本、全巻買って楽しく読みました。

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 以前から気になっていたのですが、“渡辺くん” こと渡辺明名人が、“藤井聡太棋聖へのリターンマッチ” で敗れた2021年夏の棋聖戦YouTubeで振り返り解説されているのを観て、いよいよ読みたいと思い買ったというところです。

【将棋】渡辺明名人vs藤井聡太棋聖 第92期棋聖戦五番勝負をご本人に振り返っていただきました - YouTube (17:26)
 【渡辺明名人】第92期棋聖戦第3局をご本人に解説していただきました【vs藤井聡太棋聖】 - YouTube (36:12)

 負けると悔しい勝負のことを振り返りつつ、敗れた相手の長所も分析して明快な言葉にできる、この名人に益々興味を持って、もうこれは買わなければと思い立ったのでした。



 渡辺さんというと、将棋好きとしては「えー渡辺さん・・・」と思う時期が正直ありました。もう結論出しも和解も経て「済んだ話」ですが、当時竜王のタイトルを保持していた渡辺さんも対応せざるを得なかった "将棋ソフト不正使用疑惑騒動"。2016年末の出来事です。これ、年をいま確認すると藤井聡太さんの四段昇段(プロ入り)直後の「29連勝」が話題になったわずか半年前のことだったんですね・・・。

 この "騒動" では、当時どんどん強くなっていた将棋ソフトを、あるプロ棋士が対局中に使っているのではないかという疑義が提起され、疑義を受けた棋士がとても対局できない状況に追い込まれました。当時は将棋ソフトがプロ棋士を対戦で破るようになり、棋士が将棋の研究にソフトを使い始めた時期。将棋だけはコンピュータがプロに適わないとも言われた時代からそれが覆されるまさにその中で、将棋一本で勝負する世界が混乱に陥ってしまったかのようなことでもありました。

 直後の調査で、疑義に上げられた不正はなかったと結論付けられ、疑義に始まった問題を当事者も将棋界も何とか清算しました。その後で始まった再びの将棋ブーム。ネット中継も多くなり、棋譜に現れる実戦の手順の裏にある技術を見られる機会が増えました。中継では盤を挟んだ対局者の所作や解説する棋士の人となりも映し出され、将棋を色々な形で楽しめる場面が増えてきたのは嬉しいことです。
 同時に、その "技術" を短時間で示唆する道具が騒動の話題でもあった将棋ソフトであり、強くなったソフトが将棋中継の景色を変え、プロ棋士による将棋の解説をも変えたのも事実。急速に進歩するコンピュータ技術が人を戸惑わせも助けもするという事実が凝縮されているようにも見えてなりません。また、騒動に結論が付けられたことでその後のさらなる進歩を「面白い」と見られるようになったのは本当に良かったことだと思います。

 
プロの将棋の大きな魅力の一つは、「有力な候補手が2つあっても、実際にその場で指せるのは1つだけ」だったり「見た目には有力な候補手も、実は大逆転まで一直線のワナ」だったりすることです(ただし、素人には何のこっちゃ分からない。プロでもパッと見には分からないことも多々あるらしい)。究極の選択を迫られる場面でプロ棋士はどう振る舞うのか、どういう判断をしているのかということが学びもストーリーも生み、注目されているのだと思います。

 その中でも渡辺名人は自身の「選択」を「表現する」こと、つまり言葉で解説することに長けた棋士です。しかもそれをできるのが、準備が功を奏してタイトル獲得・防衛など目指した結果を手にしたときだけでないのが素晴らしいところ。準備を調えて臨んだたにも関わらず、望んだ結果に届かなかったときにそれをどう振り返るか。そこまで言葉にして表現してくれる渡辺名人の姿に興味を持ち、『将棋の渡辺くん』を5巻まで読破しました。いま出版されているのは、ひとまずこの5巻までです(2021年8月現在)。たびたび一部のコマをインターネットで見ていたのですが、見るたびに全部読みたいとこんなに強く思わせてくれる本はなかなか無かったと思います。

 最近増えた動画中継で見ることのできる渡辺名人の話し方と、漫画で描かれた『渡辺くん』の姿を重ねて想像すると思わずクスっと笑ってしまいます。いや、クスっとどころかうちの小学生は大笑いしながら読んでいました。将棋ファンにはお馴染みの渡辺さんの姿が、一番近くで見ている伊奈さんにはこう写って見えているのだなぁなどと、色々な見方で面白く読める作品です。子ども向けにも、将棋の簡単な入門書よりも読まれている「将棋本」かも?