小野田くん日本学術振興会「育志賞」受賞おめでとう

 2018年3月6日、第8回日本学術振興会育志賞の授賞式に招かれて日本学士院に行ってきました。それまで6年間一緒に研究をしてきた大学院生の小野田淳人さんが、嬉しいことにその賞を受けることになったためです。


 日本学士院は、よく行く国立科学博物館の隣にある、レンガ造りの建物でした。

 育志賞は、大学院博士課程で優れた学業を修めた人に贈られるもので、今年は全国全分野から18人が選出されていました。当日の授賞式は、秋篠宮同妃両殿下の御前での式典に、両殿下も交えてのお茶会と、学会賞などのそれとは違う雰囲気に満たされた、またとない経験でした。
 その育志章は、勉学や研究に励む若手研究者(大学院博士課程学生)を支援・奨励することを目的として、明仁天皇陛下から御即位20年に際して賜った御下賜金を資として創設されたものです。実際に授賞式と懇談の場に出席していると、次代の科学を担うべく学業を修めた若手研究者への激励と、科学研究を通した知の開拓からの社会貢献への期待の大きさを感じられ、共同研究者として招いていただいたこちらも身の引き締まる想いでした。



 小野田さんとの研究は、動物を観察することで生体の健康と環境との関わりを捉えようとするものでした。環境要因の中に疾病発症リスクを高めるものがあるのであれば、その要因を減らすことによる疾病の「予防」をできるようにすることを大きな目標にしたものです。
 その内容は、初め4年半前(2013年秋)には国際学会での発表に合わせ報道でも取り上げていただいたりした後、彼本人の書いた初めの論文が出版になったのが2014年春。彼にとって初めの研究結果は、直後にあった国際学会@トルコにて、シニア研究者も含めた発表の中でのBest Poster Awardに選出されて勇気づけられたものでした。


国際シンポジウムNanOEH6@名古屋からの、朝日新聞『超微粒子、母体→胎児の脳へ マウス実験、細胞に異常も』(2013年10月29日)
Onoda A et al. "Effects of Maternal Exposure to Ultrafine Carbon Black on Brain Perivascular Macrophages and Surrounding Astrocytes in Offspring Mice" 出版へ(2014年3月)
Nanotoxicology 2014での優秀ポスター賞受賞(2014年4月)

 こうして勇気づけられて何が良かったかって、彼の研究成果は育志賞受賞に際して出したプレスリリースの通りなのですが、

「大気環境中超微小粒子の妊娠期曝露が次世代の子どもたちの中枢神経系に及ぼす影響とそのメカニズムの解明」の研究内容について(プレスリリース、2018年2月21日)

 初めに注目して見ていたのが、下図の右に緑で描いた「静脈」の周りにペチョっと付いて中にプチプチ(顆粒)のあるピンク色っぽい細胞、脳血管周囲マクロファージ。これが、初め試験群では対照群と比べて活性化して増えているのではないかなと思って見ていたら、減っていたんですよね。それも、この現象を捉えるには顕微鏡を通してサンプルを「くまなく」見ないと何も分からない、という所からのスタートになり、小野田さん本人が大変に苦労してしまったわけですが。

 その初っ端から現れた予想外の結果を、それ以前に存在した研究発表(論文)をほじくり返して本人さんが精一杯考察してくれたのが、彼の大学院での研究の出発点だったのだと思います。あの考察は、論文でも発表しましたし後からよく見れば「なるほどなぁ」と思うものですが、本当に当時「精一杯」だったと今でも思います。国内の普通の学会での数分ちょっとの間の研究発表では、正直ほとんど誰も分かってくれませんでしたからね。
 ⇒Onoda et al. PLoS One 9(4): e94336 (2014)


 上のプレスリリースより。(小野田淳人さん作)

 そんな中でトルコで優秀発表賞を受賞した本人は博士課程進学を志望していたのですが、当時の私たちの指導教授がまもなく大学を離れることがほぼ決まっていたので、小野田さんには他の大学の研究室に進学してもらう予定でいました。しかし、その受け入れ予定先の先生のご都合が合わなくなり、そちらには進学できないことになってしまいました。そこで急遽、理科大の薬学部の先生方に相談したところ、理科大の博士課程に進みながら、私たちの始めていた研究テーマをぜひ続けてくださいというお許しを頂きました。
 ヤバイと思いました。当時、私から小野田さんに伝えられることは、修士課程までにすべて伝えるつもりでいましたので。彼が博士課程で研究をする中で何を伝え、直属の指導教授もきっと理科大を離れてしまう後に本人にどんな経験をしてもらうことができるかと悩みました。

 それから3年。それ以来の本人の益々の研鑚と、意外な実験結果の精一杯の考察と検証の繰り返しが今回の受賞につながったのは、喜びというより正直驚きです。この3年間の研究でも、予想外のところに多くの面白さを見出せたことは望外の喜びでした。

 とくに、本当は先のピンク色の細胞のプチプチ「の中」がどうなっているかを知りたかったのですが、直径1 μmほどの大きさのプチプチの中を生体組織切片上、つまりin situでの分析を許してくれる実験方法とは未だ出会えていません。
 しかし一方で、その細胞「の周り」で何が起こっているのかということについて、赤外線を使ったin situ分光学的な手法を既往の組織病理学的手法と合わせて見ることができたこと(下図)、しかもそれを、なかなか対処のしづらい脳神経系の疾患の病理の理解ともつながり得る所見として捉えることができたのは、胸を張れる研究成果なのかなと思っています。もちろん、これをさらにその先のどういう成果に結びつけるのかが課題です。


 同じく上のプレスリリースより(小野田淳人さん作)
 ⇒Onoda et al. Front Cell Neurosci 11: 92 (2017)

 あとは、私自身もまだ見ていない世界を見るべく「最後は嗅覚!」で探った縁に小野田さんが一緒に乗り、そこでもプレゼンスを発揮してくれたこと、それに、前の指導教授の先生が味わったいろいろな悔しさも糧に、目の前の一見困ってしまう実験結果に真摯に向き合い続けて成果を挙げてくれたことに、心からの感謝の気持ちを抱いているところです。さらに、薬学の中でもとくに「環境と健康との関わり」の研究が、このように取り上げられる機会をいただいたことに感謝しつつ、小野田さんに心から受賞のお祝いを申し上げます。

 まぁでも、どんなにありがたい栄誉ある賞も、ビビって身動きがとれなくなり足枷にしてしまっては陛下にお見せする顔もありませんので、決してビビることなく受賞者には今後も気楽に研究楽しんでいってもらいたいものだと思います。とか私が勝手に言ったら怒られるでしょうか。これくらいならいいよね。


 というわけで、なかなか来ない所に連れてきてもらったのでした。

JSPS Ikushi Prize -Recognizing and Supporting Outstanding University Doctoral Students-
第8回(平成29年度)育志賞の受賞者決定について日本学術振興会、2018年1月30日)
 ⇒Eighth (FY2017) JSPS Ikushi Prize Awardees