製薬業界のいま

(2013年1月11日公開、最終追記:2013年8月14日)

 私は2002年以来理科大の薬学部に身を置いていて、製薬企業が「医薬品」「医療機器」としてどのような価値を生み出しているのか、次に何を生み出そうとしているのかに関心があります。
 最近、オンラインの資料で興味深いものをいくつか読みました。ここではそのうちの2つを紹介します。この2つのレポートは、製薬企業や医薬・医療の業界を目指す人、関心のある人にとって、一度は読んでおくといいものではないでしょうか。

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みずほコーポレート銀行-産業調査Vol.17『欧米製薬企業の再編動向と我が国製薬業界へのインプリケーション』(2005年3月10日)
 ・・・製薬企業の統合の解説と、医療保険制度と医薬品市場との関係
日本政策投資銀行・及川雄太氏『創薬を中心とした医薬品産業の現状とバイオベンチャー発展に向けて ~バイオベンチャーによる関西発の創薬を目指して~』(2012年7月9日、PDFへの直接リンクは→こちら
 ・・・製薬業界の現状と、創薬・バイオベンチャーの課題
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 以下、(役に立たないかもしれない)私のコメントも付けて資料を紹介します。
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●みずほ産業調査Vol.17『欧米製薬企業の再編動向と我が国製薬業界へのインプリケーション』(2005年3月10日)

 製薬企業の統合(合併)のメリットの他、医療保険や薬剤給付制度が事業構造に与えるインパクトや、「研究」「開発」と「マーケティング」との相互の位置付けについて解説されています。医薬品市場や関連特許の特徴、他の市場との違いにも触れられており、とても勉強になります。
 キーワードは、医薬品の低い原価率、製品差別化、情報の非対称性、特許で守られた寡占市場、切替コスト、先行者利得などなど。

 ここでは、医薬品市場の特徴が医療制度によりもたらされていることが強調されています。もちろん、誰もが今の医療制度を肯定する必要はありません。しかし、自分の学んできた内容や考えていることが、業界の中でどういう立ち位置になるのかを知っておくことに、損はないと思います。

 「研究開発投資の規模と新薬創生の生産性との関係」については、以下のように述べられています。
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 研究開発費の大きさと新薬の承認件数とは比例しない。欧米外資製薬企業と日本国内製薬企業との研究開発費の差は無視できないレベルになってきている。一方で、新薬創生実績と相関するのは投資規模ではなく、主に次の4つであったことが示されている。
 1)研究プロジェクト間の相乗効果
 2)これまでの知見の蓄積
 3)疾病領域
 4)企業独自の人的資源の活用(暗黙知を含む)
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 なるほど、だから得意な分野の違う企業同士の合併が多いのですね。
 ただし、投資規模と新薬創生実績との間の相関について、タイムラグがどの程度考慮されたかについては、この資料からだけでは分かりませんでした。投資から実績までのタイムラグをどの程度まで長いものと考慮するかで、結果がある程度変わるように私には思えます。

 他に私が興味を持ったのは、「PBM」(薬剤給付管理 Pharmaceutical benefit management)というシステム。例として米国では、これにより医薬品の「薬効評価」「コスト評価」が行われ、適正な薬剤使用が促される仕組みができているそうです。
 とくに、米国ではPBMにより医薬品の規格(*mg、**mgカプセルなど)を含めた医師ごとの処方を分析し、「費用対効果が基準以下の医師に対しては電話による処方指導が行われる他、不適切な処方に対しては保険償還を拒否する」(P.16)とのこと。これはとても興味深いことです。日本ではこれほどに、医師の処方に臨床的知見を反映できるシステムにはなっていないのではないでしょうか。

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日本政策投資銀行・及川雄太氏『創薬を中心とした医薬品産業の現状とバイオベンチャー発展に向けて』(2012年7月9日)

 後半の2-9「国内のバイオベンチャー業界の発展に向けて」では、研究開発・製造業におけるグローバル化とは何を意味するのかが明快(痛快!)に示されています。これは、今からこの業界で活躍しようとする人にはとても参考になるでしょう。この章と、3-5「ソフト面の支援充実へ(バイオベンチャーによる関西発の創薬を目指して)」は本当に面白いですし、勉強になります。

 ほか、日本からの医薬品の輸出額は、2000年ごろは3千億円弱だったのが2002年以降は常に3.5千億円以上と微増であるのに対し、輸入額は5千億円台から1兆5千億円以上と3倍以上増加したとのこと(図表2-12)。
 ただし、この増加分は新しいバイオ医薬品(抗体医薬)なのかと思いきや、これらは大部分が米国で開発されているにも関わらず(図表2-9)、輸入額のうち1兆円以上は欧州からのものなのだそうなので(図表2-13)、増加分の内訳は不明。


 ※ 翌日、アカデミア研究仲間の一人から次のウェブページを紹介していただきました。→「世界の大型医薬品売上高ランキング2010」「世界の大型医薬品売上高ランキング2011」(出典:セジデム・ストラテジックデータ株式会社)
 売上5000億円を超える大型の抗体医薬はロシュ(スイス)製なので、これが欧州からの輸入が多い理由ではないか、ということ。なるほど、輸出入の「額」は品目の数ではなく量で決まるので、その可能性には納得です。

 ※※ 上のランキングを公開されているセジデム・ストラテジックデータ株式会社の永江研太郎様より、貴重なご意見をいただきました。本人のお許しをいただき紹介します。
 2012年には(このランキングは、パテント切れのために)大きく変わります。上位10製品のうち、リピトール、プラビックス、ディオバン、セロクエルはかなり下位に転落します。2012年ランキングの公表は今年7月の予定です。
 2011年の上位25製品のうち、パテント切れで2012年のランキングでそこから消える見込みなのは、リピトール、プラビックス、ディオバン、セロクエル、シングレア、ジプレキサアクトスなどで、26位の抗うつ剤レクサプロも消えます。
 ⇒「世界の大型医薬品市場は初めて縮小し、大転換期に入った医薬品業界」(世界の大型医薬品売上高ランキング2012年版、セジデム・ストラテジックデータ株式会社)

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 「創薬ベンチャーは赤字企業」「創薬ベンチャー不振の原因」(セクション2-5、2-6)は、次のブログエントリと併せて読むとまた違った解釈ができそうです。

 「ベンチャーや。兵どもが夢の跡。僕が学生ベンチャーを応援しない理由」(UEI shi3zの日記、2012年12月21日)

 2-6では「創薬ベンチャーにおいて成功例が出にくい理由」として、8番目に「資金調達環境が悪い」が挙げられています。しかし、この問題は創薬の分野に限らず、日本の多くのベンチャー企業が抱える大きな問題なのかもしれません。

 最後に、業界で有名な本かとは思いますが、こちらも併せて読むことをオススメします。


 (ここでも以前に紹介しました→こちら。)

 Kindle版も出たのですね。



 私自身は大学で仕事(研究)をしていますが、業界のことをよく知って、大学をもっと“過去を学ぶだけでなく「これから」のことを見通せる場所”にしたいと思っています。業界の皆様、いろいろとご指導いただければ幸いです。

一般用医薬品のネット販売の是非(2013年1月12日)
アステラス製薬、「武田超え」の好業績でも研究部門削減を急ぐ危機感(2013年8月12日)