薬学生必携『医薬品クライシス』

 私の周りで好評の『医薬品クライシス』(佐藤健太郎著、新潮新書、2010)。少し出遅れた感はありますが、ここでも取り上げたいと思います。
 最近は私も、大学の後輩や友人から業界の話を聞けるようになりました。加えて、私自身学位を取って2年半経った今読むことで、本書からは以前に読んだとき以上の学びがありました。



 まず読み応えのあるのが、第二章「創薬というギャンブル」に記された、医薬品の研究・開発の長い道のり。
 著者が製薬企業での創薬研究で、特許をめぐる競争を含めて何に注意をしていたか。何をせざるを得なかったのか。何を厄介な問題と感じていたのかが、臨場感を持って伝わってきます。そして、臨床試験のどの過程がどのように大変なのか。現状を打開するために何に期待していたのか、ということも。
 「動物実験でわからないこと」の節を読んだときには、薬学部にいるうちの学生が「将来は疫学研究をしたい」と言った気持ちが、また違った感触で改めて私の胸に刺さりました。

 続いて、医薬をめぐる誤解を解説し、「全ての医薬は欠陥品である」と銘打った第三章。第五章に記された二〇一〇問題では、製薬企業の合併・大型化や成果主義の功罪まで。そして、「しょせん数十原子の塊でしかない医薬には、できることとできないことがある」としつつ、本書に込められた著者の創薬研究への想いは、すべて読み応えがあります。

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 ただ、薬の副作用について “○○○○の副作用による死の危険” を “交通事故による死亡率” と比べて、その副作用のリスクの小ささを説明することは適切なのかは、私は疑問を感じました。
 受け入れられるリスクの程度を議論するためには、1)その程度が対応策(例えば保険制度の整備)の有無で変わり得ること(→関連エントリ)と、2)死に至ること以外の有害事象も含めたリスク評価の2つを考慮する必要があります。もちろん、ある有害事象の発生頻度を比較すること自体に問題はありませんが、リスクの程度は「死亡×その発生率」だけで決まるわけではありません。

 花王の藤井健吉氏も、リスクの比較における考慮点として「質の異なるリスクには、心理的、社会的差異がある」と述べられています(@第23回リスク評価研究会[FoRAM]、2012年1月31日)。この「質の異なるリスク」の各々に、私たちは注意して対処しなくてはならないでしょう。

●関連エントリ: 身近なリスクを定量的に考えよう-『「ゼロリスク社会」の罠』(2012年9月29日)
 

 ・・・と、付記はさせていただきましたが。

 『医薬品クライシス』は薬学生必読の書。私もできれば、大学院進学や学位取得・就職の前に読みたかったと思います。もう読んだ方も多いかとは思いますが、未読の方はこれからでも是非に。