大気中微小粒子の基準値と、疫学

 今日、大気中微小粒子PM2.5のリスク・健康影響を考えるFoRAM(案内は→こちら)に参加してきました。
 PM2.5というと、今月(2013年1月)に北京で大きく増加しており、呼吸器の不調を訴えて病院が混雑したというニュースもあったところです。

濃霧に包まれる北京 PM2.5濃度が大きく上昇(2013年1月23日、新華社

 1年前にはこのニュースも。

北京、過去10年間の「PM2.5」平均濃度を公表(2012年1月9日、人民網日本語版)

 今日のFoRAMの演者の一人であった林岳彦先生は、今日のご講演にあたり次のエントリを書かれています。これは大変に勉強になりました。
 ⇒連続的なリスクのどこに「線」を引くのか:米国EPAのPM2.5&オゾン基準値から見る"基準値ガバナンス"(Take a Risk: 林岳彦の研究メモ、2012年12月25日)

 これを見れば分かるように、このPM2.5や他の「環境基準値」は、主に疫学研究の結果を踏まえて設定されています。今日のご講演でも、EPAが米国でのPM2.5基準値策定の根拠にした多くの疫学研究の紹介がありました。

 これは極めて重要です。
 ただ、併せてふと思うことがあります。

 「疫学研究」での結果が「ポジティブ」(つまり、人に少なからず影響が出てから)でないと、対策は取り得ないのか、と。

 ふむ・・・。

 最近、「環境基準値」の議論をフォローできていなかったのですが、自分でもここに少しはアンテナを向けなければと感じた1日でした。
 この話題はまた、次の機会にも。

 ※翌日追記:林さんは、ご講演に際しての調査資料をまとめられていました。
PM2.5の基礎情報:その定義と発生源と環境中濃度と健康影響と基準値(2013年1月18日)

 (以下は、過去エントリの紹介です。)

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 2年半前ですが、私がここで、微小粒子PM2.5の環境基準の記事を紹介したのが2009年7月。
 ⇒有害微小物質PM2.5の環境基準案固まる(2009年7月4日)

 ここで私は、閾値に基づく基準値にこだわるうちは基準値なんて設定できないよね、という気持ちを込めて、「基準値を設定する際に閾値という考えを切り離す必要があるでしょう」と書きました。少なくとも、基準値を設定できるような閾値」の概念は専門家の間でも共有されていないと感じます。

 この2ヶ月後の2009年9月に、従来の監視の範囲よりも小さな粒子としてPM2.5を監視することが、日本でも環境省・大気環境部会により告示されました。
 ⇒日本でもPM2.5の監視始まる(2009年9月17日)

 最後は備忘録を兼ねて、参考資料です。
中央環境審議会 大気環境部会 微小粒子状物質リスク評価手法専門委員会 議事録など(平成20年)
中央環境審議会大気環境部会(平成20年の4月と12月に、PM2.5の環境基準について議論されています。)