仕組みを変えて恩返し

 私は大学院生のときからずーっと、「狭く深くよりも広く浅く」を欲し続けてきました。そして、(あるときはそれを叩かれもしましたが、)今もやはり、“ゼロから何かを作ろうとする”ためには、あくまで「広く」が正しかったと思っています。それは、自分のできる限り、興味が“かすり”でもする限り広く、ということです。

 ある仕組みに乗って価値を生み出すためには、「狭く深く」でも良いと思います。しかし、仕組みを作りたいとなると、その人自身の見識に「広さ」が必要になります。もちろん、「広さ」に乗じるものが「浅い」必要はありません。そこは、投資(資金・時間)に限りがある中での優先順位の問題になるでしょう。

 もちろん、「狭く深く」専門性を掘り下げたいか、「広く浅く」ありたいかは人それぞれでいいと思います。何を目指したいかは、本当に人それぞれです。
 ただし、私が繰り返して訴えたいのは、ポスドク研究員のような人に必要なものは、必ずしも「狭くても深く」ではないということです。この時期はたしかに、ある程度以上、専門性(深さ)を身に付けられるといい(望ましい)時期であるとは思います。しかし、その先に「何か変えたい仕組みがある」「研究を通して人・社会を動かしたいと思う」と思うのであれば、専門性以上に大切なもの、意識から外さない方が良いものが私はあると思うのです。

 何かを変えたいと言っている人が、その分野のことしか見えていなかったら、「言うのは勝手だけど・・・ それを変えて、他はどうなると思っているの? 他にどういう影響が及ぶと思っているの?」という感じではありませんか?

 以上は、「専門性よりも大切にしたいものが私にはあるが、それで良いのだろうか」と悩む研究職の人に、私が伝えたいことです。・・・これ以上うまい言葉が出ないので、この話はいったんここまでにしますが。

 私は博士課程在籍中に、こんなことばかり書いていたのですね。
 ・博士号を取ることの意味(2009年2月18日)
 ・博士号を取ることの意味(2)(2009年9月26日)

 ここでは、ちょっと違う書き方をしていますが。
 ・私が教授から学ぶこと(2012年1月14日)

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 私は、衛生薬学研究の限界を感じています。同時に、この分野を通してとても多くの先生方に多くのことを学ばせてもらったことを感謝しています。
 学んだことを土台にして分野の慣例を変え、仕組みを変えることにより、この学問をより多くの分野とつなげ、応用性を高めることにより、私は先生方に恩返しをしたいと思っています。

 そのときには、私は薬学研究のメジャーに位置する場所にはいないかもしれませんが。
 一人のポスドクが何をエラそうなことを言っているのだと、笑ってください。

 5年後にお会いしましょう。

 Ume-runnerより