若手研究者のキャリアビジョンを考える@生化学会若手フォーラム

 第82回日本生化学会大会では、生化学若い研究者の会も企画を主催してきました。

研究を楽しむ
~博士取得後の若手研究者のキャリアパス

第82回日本生化学会大会 2F19

 このフォーラムでは、様々な方面で活躍されている方に講演をして頂いたのに続いて、研究者としてのキャリアを進む上で必要な要素などについて議論しました。
 私は、企画主催に際しては当日の補助の一部を担当しただけですが、内容を少しと感想を記録しておきます。

 「研究者として必要な要素とは?」

 このシンポジウムで議論されたことについて、私見を多分に入れながら、ここに報告致します。(内容の一部は、生化学若い研究者の会のWikiにも投稿しました。)
 以下、『研究者に必要な能力は?』に対する答えの三例と、一つの私の疑問点です。


※ オーガナイザー学生代表を務めた方から、今日報告を受けました。このフォーラム企画は総勢131人が集まったのですが、夕方(17:30-19:30)のフォーラムでこれだけ集まることは、あまりないそうです。サポートして下さった学会理事の先生も満足してくれて、素直に良かったと思います。

 本題は、
『研究者に必要な能力は?』という問いを置いての議論でしたが、どんなものが挙げられるでしょうか。

 1. 研究計画を作ることのできる能力

 研究をする上では、当然のことと言って良いと思います。これができなくては、自分も、同じチームに属する研究者も適切に動くことができないでしょう。
 背景としては、最先端の話題だけでなく、古典的な知見も考慮して自分の計画作成に反映させることが大切です。最先端のテーマや流行の話題には、誰でもアンテナさえ張っていれば考えが及びます。一方、研究と背景となり基礎を形作る古典的な知見をすべて把握することは、決して容易なことではありません。意外と、この力が研究の成否を分けていることが多いように思います。

 2. 周囲をマネジメントする能力

 一人で何かをできる力だけではなく、周囲と力を出し合いながら結果を出していけることも大切です。一人でできることには限りがありますから、周りと良い協力体制を作ることのできる力も、重要な資質であるようです。

 3. 成果を適切に発信する能力

 自分のやりたい仕事(研究)を、自分のやりたい場所で、必要な資金を持ってやるためには、自分の研究活動の必要性(目的)や成果を伝えたい相手に適切に伝える必要があります。よっぽどどこでもできて、かつ経費の掛からない研究テーマしかやらないという場合であれば、話は変わるかもしれませんが。
 ただ、自分の置かれた環境に左右される部分が小さくなるように、テーマや計画を作ることができることも、一つの大きな能力だと思います。

 以上で、「研究者として必要な要素とは?」という問いに対する3つの答えの例を挙げました。よく考え直すと、これは研究者でなくても仕事をする上で必要な力ばかりです。
 しかし、特にアカデミックの場で研究する場合には、これらの要素の必要度が大きいように思います(私はまだ“研究者”=学位取得者の立場を経験していないので、当然分からないことも知らないことも多いのですが)。想像の部分も大きいのですが、おそらく仕事(研究)の遂行が個人の力に懸かってきたり、個人に責任が掛かってきたりする割合が多いのではないでしょうか。“会社”にいるよりも、失敗したときの責任の一部を負ってくれる部分が小さいだろうと思います。
 そして何より、学生の前で「取れるべき態度を取れない」状況が発生してしまうとしたら、それは罪深く、許されていいものではないと私は思います。


 残された疑問: リスクマネジメントは?

 研究でもし成果を出せなかったら、どうするか? 例えば、もし3ヶ月先には職がなくなってしまう可能性が大きくなったとき、自分の身をどう振るか? アカデミックポストにいる研究者は、これをある程度以上には考えている必要があると思います。一方、先生方の総意は「結局自分次第だ」といったものだったのですが、「ポスドク問題」などが提起されている時代にあって、そういった考えが主流のままでいいのでしょうか。

 私自身が博士課程への進学をしようとした際、アドバイスを求めた先輩方は皆、「学位を取った後のことをよく考えていくこと」と言ってくださいました。そして、この忠告は私のその後に大きな影響を与えてくれました。ある博士の先輩は、私に「そんな選択肢はないようなもんだ。イバラの道だぞ。」と言ってくださいました。それは、学位を取っても職からアブれてしまう(少なくとも、希望する職からは)人もたくさんいるということを意味していたと思います。
 その後、進学する道を選んだ私ですが、後輩に博士課程への進学を「迷っている」という相談をされると、まず進学を進めません。相談に来たときに、もうほとんど結論を決めているような人の場合は、もちろん違いますが。この道はそれくらい、本当は「自分で考える・判断することを求められる世界」です。(それが楽しいのですけどね。)

 考える力を求められる研究者は、自分が「研究でもし成果を出せなかったら、どうするか?」という点についても、本当は考えているべきだと私は思うのです。しかし、現状ではその答えを用意している研究者(博士)は、決して多くはないようです。

 アカデミックポストの研究者は、プロスポーツ選手に似ているように思います。うまくいくことを考え、うまくいくように生活をしているわけですが、いつ失敗するとも分からない。でも、うまくいかなかった場合の身の振りまでは考えている余裕はない。そこを考えながら仕事を進めていくことがその業界の主流にならないと、なかなか後輩に、その業界を勧める気にはなれないというのが私の考えです。
 「それでも来れる」人だけがアカデミックの世界・・・ これからもずっとそれで良いのかは、いま私が強く疑問に思うところであります。


*リンク*
生化学若い研究者の会
日本生化学会
サイエンスアゴラ2009(10月31日=次回企画)

 

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