独創性とフォロワーシップの狭間で

 私は半年前に助教に着任したとき、私の慕う教授のラボをアシストするに足る役割を担いたい、という旨のことを書きました。(→ポスドク最後の1日、2012年11月)

 それ以来この言葉を、何度も自分の中で復唱しています。そのときに、同時に度々思い出すコラムがあります。「理系大学院生活で養いたい3つの力」というものです(→こちら、2011年12月)。
 私のブログのエントリには記していませんでしたが、このコラムでは、「フォロワーシップ」というスキルについて述べられています。その趣旨は、周囲(上司を含む)の意図を汲み、それを支える力を身につけるといい、というものでした。

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 単にフォロワーシップと言っても、誰かをフォローしているだけでは独創性は生まれません。
 しかし、どんなに独創的な仕事であっても、基本的にそれを一人でできるということはまず有り得ません。だからこそ、独創性・独自性を持って進める時間と、上司や仲間とフォローし合う時間とのバランスをうまく取ることが必要なのです。

 ここでは、「○○を心掛ければもっと~~できるはず」などという、「はず」・「べき」論は空虚です。意味をなすのは、「~~できているか/できたか」という結果だけ。
 本当は、その方法論はもっと一般化した方がいいのかもしれません。しかし、それはされていないのが現実。なんと、ワクワクするチャレンジ。

 各々の独創性と相互フォローとが重なり合う現場で、仕事をさせてもらっていることの価値を大切にしたいと思います。

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 今夜から大阪に泊まり、月曜・火曜の午前と大学外での仕事をしてきます。