リスク対策の難しさ

 「リスク論批判」。4年前の記事で最新ではないかもしれませんが、いろいろと考えさせられました。「リスク対策」や「人への悪影響の予防・防止」をこれから考えたり、専門にしようとされている方は、一度読む価値のあるものだと思います。「リスク対策」の難しさを指摘している記事です。

 『リスク論批判:なぜリスク論はリスク対策に対し過度に否定的な結論を導くか』(市村正也著、名古屋工業大学技術倫理研究会編『技術倫理研究』第5号(2008)pp.15-32)
 (※ テキストが左端から右端まで詰まっていて、非常に読みにくいです。PDF化するなどして左右の幅を整えて読むことをお勧めします。)

 「リスク対策」とは、人に及ぶ何らかの悪影響を防ぐための方策のことです。これは、社会にあるものが何か人々に悪い影響を与える場合に、それを禁止したり規制したりして影響を防ぐためのものです。
 しかし、その悪影響(リスク)を防ぐために何らかの策を実施した場合に、かえって別の悪影響(リスク)が人々に及んでしまう場合もあります。そこで、このリスク対策により生じるマイナス面とプラス面との程度を比べ、「プラス面の方が大きいと考えられるときにのみこの対策は実施されるべきである」という考え方があります。これが、この記事で述べられているところの「リスク論」です。

 この記事では、「リスク論」がリスク対策を実際の必要性以上に「不要」と判断させる方に導きやすいのではないか、という指摘をしています。その原因としては、次のことが挙げられています。

 ①異なる種類のリスクの程度の比較(リスクトレードオフ)が困難であること(※「リスクの比較は可能なのか」、2012年4月17日)
 ②リスク対策の経済的コストの評価が原理的に不可能であること
 ③リスク対策やリスク評価に際して不正行為が起こり得ること

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 ①は、上述の「リスク対策により生じるマイナス面とプラス面」とを比べることの困難さを指摘したものです。

 ②では、中西準子氏の言葉として次のものが引用されています。
 「(リスク対策の)費用が高すぎると主張すれば規制ができないという面がある。リスク削減の競争が行われるという保証がなければ、実はリスク・ベネフィット原則と言うのはリスク削減の方向性を持たないということに注意していただきたい。」

 ③では、リスク対策に際する不正行為として「関係者がルールを破る」こと、リスク評価に際する不正行為として「専門家にだまされる」ことを挙げています。本来、関係者がルールを破らないようにするのは、リスク評価の次の「リスク管理」の役割であるとされます。この記事はそれを認めた上で、リスク管理が実際の社会では100%うまくはいかない以上、そのことにもリスク対策を行う上で配慮されるべきであると主張しています。

 以上、私はリスク論についての知識や議論を把握し切れてはいないのですが、興味深く、また勉強にもなったので紹介しました。

 『リスク論批判:なぜリスク論はリスク対策に対し過度に否定的な結論を導くか』(市村正也著、2008)



「リスク」概念に関するメモ(2012年3月21日)
リスク評価の方法(書籍紹介)と私の考え(2011年10月7日)
毒性学の目指すべきもの(2008年12月23日)

●他、参考記事
 環境リスク論は「不安の海の羅針盤」か?(糸土広氏、2007年1月)
 ※ リスク・ベネフィットの算出の困難さを指摘しています。