第3回国際セラミックス学会参加・最終報告-ナノ粒子の毒性研究の課題

5日間行われた第3回国際セラミックス学会が、
今日終わりました。
先の日記では、一昨日(16日)のシンポジウムでの
議論において私がうまく発言できなかったことを
書きましたが、その内容をここに報告します。

議論のテーマは、次のものでした。

「セラミックスナノ粒子の健康影響の可能性を
 どう考え、関連する研究をどう進めるべきか。」

いわゆる「ナノ粒子の毒性研究」が議論の対象でした。


議論の間に、一人の先生が次のように言いました。

「ナノ粒子の毒性については、すでに
 多くのデータが報告されているが、
 ナノ粒子の標準化がなされていない。
 標準化がなされていないと、様々な実験方法により
 報告されたデータを比較することができない。
 早急に標準化を行うことで、ナノ粒子の毒性データを
 統合的に捉えられるにすべきである。」

先生はこうも言いました。

「ナノ粒子の毒性については、この10年間で
 データが増えていったこと以外には何も進んでいない。」


指摘はもっともなことで、同意できるものです。
しかし、私が疑問から抜け出せずに共感できなかったのは、
“(ナノ粒子の)毒性については
 すでに多くのデータが報告されているが”
の部分です。
“ナノ粒子の毒性についてデータが増えた”
という点にも疑問を抱いています。

『ナノ粒子の毒性に関するデータはまだほとんどない』

と私は考えています。
これまで、この分野の研究のほとんどは、
実際には起こり得ない高用量の曝露による
急性の変化をデータにしたものです。
このような条件で認められる「変化」は、
果たしてナノ粒子がヒトに及ぼし得る「毒性」として
理解すべきものなのでしょうか。


高用量曝露によって急性的に何が起こるかを
知ることに、意味がないわけではありません。
意味はあると思います。
そしてその価値は、大量のナノ粒子(材料)が
細胞や生体に作用した場合に、生体が
どう応答するかについての基礎的な情報を
示す点にあります。

しかし、その変化や応答は注目すべき「毒性」とは
同じではなく、そのデータだけを基にしていては、
ヒトへの健康影響を論じることはできないのです。
これは当然のことだと思っていましたし、
今年6月に参加したNanotoxicology 2010でも
議論されていたことでした。

ナノ粒子の毒性研究には、
「低用量の曝露による慢性的な影響」
を評価する方法が確立されていないのです。


それにも関わらず、今回の学会のシンポジウムで
「あとはナノ粒子(ナノ材料)の標準化さえされれば
 この毒性研究はできる」
という雰囲気で議論が進められたことに
私は懸念を抱きました。

「ヒトに対して実際に起こり得るレベル(量・経路)
 の曝露で、起こり得る慢性的な健康影響を調べる
 有効な評価系はあるのだろうか?
 ないとすれば、どのようにしてそれを
 評価できるようにすべきか。」

これがもっと議論されるべきだったと思います。


この点は本当は、私自身が議論の最中に気づいて
指摘すべきことでした。
それをできなかったことは、残念なことです。
(その場の雰囲気に圧倒されてしまっていたなど、
 完全に私の力不足でした。)


そういうわけで、シンポジウムのオーガナイザーと
この先生宛てにメールを送りました。
オーガナイザーの先生は、さらに意見があったら
メールをくださいと言ってくれていましたので、
せめて、何とか私のできることということで。

最後に、そのメールの内容を公開しておきます。
(一部の抜粋です。)

+++

She said that a lot of data on nanotoxicology have already reported but they are difficult to be compared each other because of a lack of standardization.
I agree this comment, but I think a limitation of studies is incurred by not only the lack of standard particle but also by limited data on the effects of low-dose and chronic exposure.

Does acute response of cells and organs to a bolus dose of nanoparticle indicate the effect on human health?
I think the observations of acute effects can contribute to figure out some basic biology rather than toxicology.

Actually, a lot of data on "nanotoxicology" have provided in this decade, but I'm concerned most of them cannot help understanding the effects of real exposure to nanoparticle on human health.
I am concerned about a lack of method which can evaluate non-acute response on cells, organs and bodies.

.....

Masakazu Umezawa
E-mail: masa-ume@rs.noda.tus.ac.jp
Department of Hygienic Chemistry
Faculty of Pharmaceutical Sciences
Tokyo University of Science
2641 Yamazaki, Noda, Chiba 278-8510, Japan
Tel: +81-4-7124-1501 (Ex. 6465)
Fax: +81-4-7121-3784