日本薬学会環境・衛生部会「フォーラム2012」参加メモ

 昨日・今日と、日本薬学会の環境・衛生部会「フォーラム2012」に参加してきました(2012年10月25~26日)。今回、とくに中枢神経系疾患の克服の展望について、インスピレーションの湧く講演を聴くことのできたことが収穫でした。

 今回の学会での私のメモは、大きく次の3点です。
1)運動による神経変性疾患の予防
2)化学物質の生体内移行の特異性
3)Issue-drivenでありたい

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 1)運動による神経変性疾患の予防

 認知症の予防や予後改善に、身体運動が有効であるということを示した研究が複数あります。これはとても興味深いことで、運動による中枢神経へのどのような入力が重要な要因であるかを、私も研究したいところです。(今も、少しさせてもらっています。)
 ただし、認知症予防に運動が良いと言っても、実際には骨折などをしてしまい“運動したくてもできない”人がいます。そのことを考えると、私は研究を通して「運動が有効であること」を示すだけでなく、「何が運動に代わる効果を持つのか」という問いに対する答えも持っておいた方がいいと私は思います。

 このヒントになるような、運動による中枢神経系の高次機能への作用のメカニズムが、生理学としてもっと理解されてほしいと思います。

 2)化学物質の生体内移行の特異性

 MPTP(合成麻薬の副産物、*1)の代謝産物「MPP+」は、ドーパミントランスポーターを介してドーパミン神経細胞に特異的に移行し、蓄積されるそうです。物質の体内分布に関するこのような「細胞特異性」は、どんな物質でも重要な情報です。それは、ある化合物(化学物質)を臨床応用しようと考えた場合、「どのような物質がどの細胞に作用するのか」は非常に重要な問題であるからです。
 「ある細胞にしか移行・蓄積しない化学物質」があったら、どんな性質を持つものでも私は知りたいところです。
 そして、MPTPに化学構造の似た1BnTIQ(*2)という物質は、パーキンソン病患者の脳脊髄液中で増加しているとか・・・。治療の容易でないこの疾病の克服を目指す上で、これは注目する価値のあるものかもしれないと思うところがありました。

 (*1)MPTP:1-methyl-4-phenyl-1,2,3,6-tetrahydroisoquinoline
 (*2)1BnTIQ:1-benzyl-1,2,3,4-tetrahydroisoquinoline

 さらに面白かったのは、ある物質の「細胞内移行」の性質を押さえた上での臨床研究。祖父江元(Sobue Gen)先生(名古屋大院医)の、神経変性疾患の一つであるSBMA(球脊髄性筋委縮症)の分子標的治療の研究のご講演は、標的分子の探索から臨床試験の進展と課題までに話題が及び、とても勉強になるお話でした。
 今日の演題は、「神経変性疾患のdisease-modifying therapyへの展望」(祖父江元)。

 また、げっ歯類を用いた発生毒性評価に重要な情報を与えてくれる、胎盤特異的コンディショナルTgマウスのお話も、いつ聞いても面白いです。化学物質の胎児への直接的な影響と、母体に生じる変化を介した副次的な影響との差異に注目した、中西剛先生(岐阜薬科大)のお仕事。

 (→「齧歯類を用いた発生毒性評価の問題点とその将来展望」薬学雑誌 127: 491-500, 2007、中西先生が阪大にいらしゃった頃からのご研究)
 今日の演題は、「胎児期エストロゲンシグナルと脳の性分化」(中西剛、永瀬久光)でした。

 ※今回の学会のプログラムは→こちら

 3)Issue-drivenでありたい

 一方で(私にとっては)残念なことに、環境・衛生・薬学の分野では、「○○ができる、効く、良い(もしくは悪い)」とひたすらアピールするだけの発表をする先生もいます。それは、この分野が“実学”であるからこそ起こることなのかもしれませんが。(いや、他の分野にもいらっしゃいますかね。)
 今回の学会でも、残念ながら“Overall aimsを達成するために克服したい課題”についての展望が語られない講演もありました。

 私は「○○が効きそう、良さそう。だが、これを活用するためには~~といった課題がある」といった“今後の課題”、すなわち "issue" にこそ関心があります。というより、学会が "conference" なのであれば、大きな目的を果たすための課題を語ってくれる人こそを、特別講演やシンポジウム級のセッションには集めてほしいと私は思います。

 「できること」をアピールしながらも、「できないこと」への配慮や謙虚さ、何より課題意識は絶対に持ち続けようと、改めて誓った2日間でした。

 なお、今日のお昼にあった私のポスター発表では、質問だけでなく研究のアドバイスも多くいただき、こちらも実のある時間になりました。