先日、辻信一先生(名古屋大学・グリーンモビリティ連携研究センター)の講義を聴く機会がありました。内容は、最近40年間(1972年ごろ~)の日本の化学物質管理政策や環境対策についてのものだったのですが、私がこの分野で疑問に思っていたことを“ズバリ”指摘し、説明してくれて、とても聴く価値の高いものでした。
この講義ほど、化学物質管理や環境対策の目的や原則、そしてその難しさの原因となる特徴を私が納得できる形で示してもらえたことは、これまでになかったと思います。
辻先生がおっしゃっていた“環境リスクの(対処の難しさをもたらす)特徴”は、以下のようなことでした。
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●化学物質のリスクは、次の性質から新しいタイプのリスクであると言える
・「知識の増大が必ずしも予測可能性の向上に寄与しない」
・「リスクが顕在化した場合の規模や深刻さが予測できない」
・「リスクの顕在化に長い時間を要することが多い」
・「実験により得られた結果が、あくまでも特殊な条件下での結果であり、不確実性を内包している」
●そのために「科学的判断と政治的判断の相克」が生じる
「科学者は(不確実性が内包されているという問題を理解しているために)イニシアティブを取りにくいため、結局は政治的判断が必要になる。」
その意味で「科学と政策との区別」をし、「社会の合意(コンセンサス)を形成する必要」がある。
●不確実性
環境対策は、不確実性のある(もしくは比較的大きい)ものに規制をするという側面がある。これが、問題解決へのプロセスを煩雑にしている。
化学物質管理や環境対策の決定に必要な「リスクの把握、対象の選択・決定に際しては、不確実な要素が随伴することが多く、不確実性の程度も高い。」
つまり、この管理や対策の決定は「被害が顕在化・拡大する『前に』必要とされる」場合が少なくないにも関わらず、その「予防措置の決定に際して、被害発生メカニズム、被害の態様をあらかじめ確定することが困難で」ある。そのため、「被害発生の『予防のため』に用いられるべき対策の適否、有効性についても、相当程度の不確実性が存在することを排除できない」。
●しかし、それでも予防的な対策が必要
「環境リスクへの対応策としては、原状回復が困難な状態となる前に予防的な対策がとられることを予定する仕組みが必要」である。
そこには、「疑わしきは罰せずの刑法とは違い、疑わしきを規制するという発想も必要」である。
「刑法ではFalse positive=第1種の過誤を防ぐことが優先される。しかし、環境政策ではFalse negative=第2種の過誤を防ぐことが優先される必要がある。」
(参考: "Epidemiology war"‐国際毒性学会PPTOXIII参加報告)
※2012年6月27日追記: 環境リスクの問題に伴う「不確実性」
※2012年10月17日追記: 辻先生が複数の場所でご講演されている「科学技術と市民参加」は、第24回リスク評価研究会(FoRAM)のウェブページなとで公開されています。→こちら。
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私は今までに他にも、リスク管理や環境リスク対策のお話をいくつか見聞きしてきました。その中で、これほどまでにこの講演者の考え方をもっと知りたいと思ったのは初めてのことでした。先生の言葉は、質疑応答まで含めてとても説得力のあるものだったのです。
私がそのような感想を抱いた一つの理由は、辻先生が、
・現在何が分かっていて何が分かっていないのか
・いま我々には何ができて何はできないのか
ということを不明瞭にせずにお話ししてくださったからでした。ある問題や課題を解決しようと思ったら、“ここに問題がある! ある!!” と主張するのではなく、“どこまでは解決されている/もしくはできそうで、未解決の課題はどこにあるのか” をフェアに評価できることが一番重要であると、改めて思わされました。
そういった意味でも、辻先生の講義は私にとって本当に勉強になり、刺激になるものでした。辻先生は、大事なことは「コンセンサスが得られるものを政策に反映させる」ことに尽きる、ともおっしゃっていました。
では、そのコンセンサスはどのようにして取ることが望ましいのか? どのようにして取るのが効率的なのか?
近い将来に、またお話できる機会を作りたいと思っています。
以上、記憶のための記録も兼ねまして。
※ 「 」で括った文は、辻信一先生が講義「化学物質管理政策」(知の市場「化学物質総合管理特論」、2012年5月8日)でお話された内容から、先生の意図を汲みながら私なりに文章を組み替えて引用したものです。