科学報道が伝えたいのは科学的な正確さなのか?

 昨日NHKで放映されたがんワクチンについての報道は、0歳児をあやしながら私も観ていました。
 内容に「??」と疑問を持った点がいくつかあったのですが、それは次のページで「勝俣先生のツイートを中心にまとめ」られているので、興味のある方は是非ご一読ください。

NHKがんワクチン報道がダメな訳(maturiya_ittoさん作成、2012年11月18日)

 この番組では、少なくとも臨床でのがんワクチンの効果の有無について、視聴者を誤解させる表現があったことは間違いありません。

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 膀胱がんの再発予防にがんワクチンを打って、再発がなかったので、有効だったと報道している。そもそも、術後に投与しているので、がんワクチンを打たなくても、再発しなかった可能性がありますので、この報道は全く間違い。比較試験をやらないと有効かどうかはわかりません。(勝俣範之先生 @Katsumata_Nori
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 ある処置の効果は “比較対照試験” の知見があって初めて判定できるというこの点、薬学系の大学院生でも理解できない人がいるのを私は目にしています。教育の場にいる者(もうすぐ私も!)がしっかりとしなければと、改めて思わざるを得ません。

 ただし、健康に関する人々の要求は、実際には “科学的であること” だけではないのだろうとも私は思っています。そして、報道を受け取る側の要求がそうである限り、報道を作る側もそこは変わらないだろう、とも思います。

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 自らの健康に寄与してほしいと思う人の欲求に、応えようとする営み。それは、人の健康への寄与の妥当性を明示できる科学とは別の要素も含んでいます。“科学報道” も、この営みの一つに含まれるでしょう。
 適切な根拠なしに「これで病気を克服できる可能性がある」「これで “健康” になれる(かもしれない)」とふれて回る者を私は支持しません。しかし、そのような営みを受け入れる人々が持つ欲求と、人々の持つ科学的な正確さへの要求とは、必ずしも一致しないのではないかと私は思うのです。
 そして、人々が欲するのは、科学的な正確さではなく、「自身への健康に寄与してくれること」自体ではないかとも。

 科学者に必要とされる視点は、科学的根拠のない報道への批判だけでなく、「なぜ科学(者自身)の視点が、根拠の不完全な情報に負けてしまうのか」というところなのかもしれません。

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 「あの報道・言説は間違っている」と評価することも無意味ではありませんが、それと併せて、「なぜ間違った科学報道・言説がなされるのか」を整理すること。それを、まずは報道を評価する人が、そしてもちろん報道を作る側が理解できたら良いのではないかと、私は思います。そうすれば、“科学報道” に対する対応ももう少し変わり、現実的なものになるのではないでしょうか。
 とはいえ、今の私はそのための具体的な案を持っておらず、ここでは言いたいことだけを言って終わりにします。しかし、このような “科学報道” やそれに対する評価については、これからも注視したいと思っています。