最近のPM2.5研究―COVID-19ロックダウンの影響

関西 30日も黄砂飛来 花粉症の方は症状悪化に注意(2021年3月、tenki.jp)
北京でほぼ10年ぶりの大規模黄砂、モンゴルでは死者も(同、CNN)

 今年も春になると黄砂の問題がニュースで流れてきます。黄砂というと、大気汚染物質としての小さな浮遊粒子PM2.5が気になります。
 大気汚染が問題になったのは “昭和” であって、今もまだ問題なのかと疑問に思う人がいるかもしれません。しかし実は、大気汚染は現在でも人の健康に悪影響を及ぼす要因として大きいことが知られており、地域別の影響の大きさがこのような地図で示されてもいます。

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 1990~2010年の世界的疫学調査(Global Burden of Disease Study)のデータから算出された、人の死亡における大気汚染の寄与率。大気汚染のうちPM2.5とオゾン(O3)の寄与が大きいとしている。出典は Lalieveld et al. "The contribution of outdoor air pollution sources to premature mortality on a global scale." (Nature, 525: 367-371, 2015)、Springer Nature社の許諾の下で転載。

 この図を見ると、東アジアはもちろんのこと、欧州や米・ロサンゼルス、そして私も6~7年前に訪問して実感したエジプトの都市部(ナイル川河口域)でも、大気中PM2.5やO3が今でも問題であると示されています。
 となると、今でも大気汚染の主な原因は経済活動に伴う燃料や熱機関の利用なのでしょうか。ということは、2020年の春にあったSARS-CoV-2感染拡大による経済活動の世界的なロックダウンは、大気汚染をも減らしたのでしょうか。

 これを、世界各国の研究者に公的な測定データの調査収集をお願いして分析しようと話が挙がり、調べた結果を先日論文として公表しました。

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 Amouei Torkmahalleh et al. "Global air quality and COVID-19 pandemic: Do we breathe cleaner air?" (AAQR, 21(4): 200567, 2021) より図「2020年のロックダウン期間によるPM2.5濃度の変化」を、CC BY 4.0に基づき掲載。

 分析の結果は、燃料の使用に直接的に由来する窒素酸化物(NOx)がロックダウンにより有意に減少した一方で、PM2.5は必ずしも減少していなかったというものでした。もう少し細かく見ると、NO2はロックダウン期間の減少幅が34%に及びましたが、O3は逆に世界平均で86%増加していました。PM2.5の方はというと、ロックダウン期間に世界平均で15%減少し、特に東アジアでのその減少が顕著だったものの、西欧やUAEなど一部で増加した地域があることが分かっています。
 論文は無償で公開されています。全文記載のPDFでは、上のPM2.5以外にNOxとO3についても、世界地図上にロックダウン期間中の増減を示した図を載せていますので是非。→"Global air quality and COVID-19 pandemic: Do we breathe cleaner air?"

 ロックダウンがPM2.5を必ずしも減らさなかった理由は、PM2.5とひと口に言っても実体は様々であり、不完全燃焼で出てくる「煤(すす)」以外にも、大気中で様々な要因で生成するものがあるからということのようです。具体的には、PM2.5には人の活動によって直接生成する一次粒子の他に、大気中でNOxとO3や、揮発性有機化合物(VOC)とO3が反応して粒子となる二次粒子とがあります。

 つまり、ロックダウン期間中はNOxが減り、そのためにNOxと反応することで消えるO3の濃度は上昇したこと。そして、PM2.5の増減には他の要因も効いているということが言えそうです。(ただし、2020年春季の北半球の気温が比較的高かったことなど、他の要因による影響も合わせて考慮に入れる必要はありますが。)

 この研究では、平時には観察も検証もできない、興味深い事象を見ることができたと思っています。今後も産業技術が進展するにつれて大気汚染も変化するメカニズムを考え、次の汚染対策にもつながる知見を示すことができたと考えています。

 一方で、今は「重さ」すなわち質量濃度に表れないPM0.1とも呼べる超微小粒子の重要性から、大気中の粒子の質量濃度だけでなく個数濃度(PNC: particle number concentration)をモニターしている国・地域が増えています。すでにこのPNCの監視データが欧州や北南米、豪州など多くの国で入手できるものの、日本(他にはメキシコ)ではそのデータが抜けているのが現状です。

 この研究分野の国際学会では日本からの参加者に会うことが年々減っていた印象はありましたが、今後ますます会うことがなくなってしまうのか、そもそも日本を拠点に「粒子の毒性学」の国際的な議論に参画できるリソースすらも消えていってしまうのか、心配に思ってしまうところでもあります。

 なお、この研究は2019年の国際会議で意気投合したカザフスタンの研究者から、大学院生も交えた意見交換を続ける中で共同調査の依頼をいただいて行ったものでした。プロジェクトの始まりは、いつも人となりと信頼関係から。互いのそういったものを読み取れる対面での国際会議が、再開するときが本当に待ち遠しい(もう待てないくらいの気持ち)です。