2020年春からの一年は、日常の生活空間での「除菌」(*1) に対してこれまでになく関心が持たれる時期だったと思います。昨年の2月末の金曜日に「翌週から小学校などは休業」と政府が言い出し、学校がイレギュラーな長期休みに入ったのが3月1日なので、あれから先週末でちょうど一年だったということになります。
(*1)コロナ「ウイルス」は「菌」ではないのですけれど、それはさておき。
この一年、除菌や消毒に関していろいろな情報が話題になりました。初め消毒用エタノールの供給が追い付かないとか、「メタノール」はエタノールと名が似ていても、人の体への毒性が全然違うから要注意とか。
次亜塩素酸水の活用だとか、これに名の似た「次亜塩素酸ナトリウム」は漂白剤に入っているが、次亜塩素酸水とは違うから同じようには使うなとか。そもそも漂白剤として使われる次亜塩素酸ナトリウムの濃度は、器具の消毒で使うべき濃度よりもかなり高いから要注意だとか。
この「エタノール」「メタノール」「次亜塩素酸」の話の他に、特に私の胸をざわつかせたのは「加湿器で “除菌”」の言葉が目に入ってきたことでした。加湿器で “除菌” 剤を飛ばしたらいいんじゃないか、という話だったかと思います。この件については、「加湿器等による次亜塩素酸水の空間噴霧は有効性も安全性も確認されておらず、推奨しない」という情報を、比較的早くに厚生労働省が出してくれて良かったと思っていますが。
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8年前ちょっと前に私たちは、超音波式加湿器から水以外に何が出るのかを検証していたことがありました。「超音波式」というのは、水への加熱なしにミストを出す(つまりミストが熱くない)加湿器のことで、最近の加湿器はほとんどがこのタイプだと思います。私たちがこの研究で、加湿器から放出される微粒子を分析した報告は、誰でも読める論文になっています。
➡ Umezawa & Sekita et al. Effect of aerosol particles generated by ultrasonic humidifiers on the lung in mouse. Part. Fibre Toxicol., 10: 64 (2013) DOI: 10.1186/1743-8977-10-64
➡ 論文発表当時のブログエントリ「超音波式加湿器から放出される微小粒子」。初めに微粒子がはっきり見えたときは、ただ驚いたことなど。
私たちがこの研究を進めていた頃と同時期に、隣国で超音波式加湿器に殺菌剤(2020年に話題になった次亜塩素酸水ではありませんが)を入れて運転し、死亡者が複数出て問題になりました。死亡者は数人程度でなく、数百人という桁で出てしまったことが報告されていたと記憶しています。
注意すべきは、皮膚に触れても問題ないものが、すべて吸っても問題ないわけではないということです。もちろん、問題ないか判っていないものすべてが危険であるわけでもありません。が、人の居住・滞在する空間内に噴霧するのでしたら、それは安全性が検証されてから行うべきでしょう。
その辺りの事実は知見をまとめておくべきと思い、先週末の学会で発表をしてきました。発表10分間用の短いプレゼン資料ですが、Slideshareで公開しています。
➡超音波式加湿器から放出される微粒子の分析と安全性検証(2021年2月28日、日本幼少児健康教育学会第39回大会(春季:加須大会 [オンライン]))
話は戻って除菌剤の噴霧の件。そもそも除菌剤の噴霧に「空間全体の除菌」の効果はありません。それは、空間で浮遊する病原体と薬剤との接触頻度が低いことが理由です。
一方で、除菌剤噴霧の報道では、人の体全体にこれを噴きつけるようなイメージ図が示されていました。そう、除菌剤の噴霧の目的は空間全体の除菌でなく、その空間にあるモノに付着した病原体の除去なんですよね。
なので「〇〇〇を加湿器に」などという、人の吸う空気に何かを放出することを許容するかのような表現は避けるべきなのではないかと思わざるを得ません。一般家庭や公共の室内空間で、加湿器に薬剤を入れて運転するといった誤用が起こりませんように。
※ 参考に、上述した論文やプレゼン資料から。